【LAST BATTLE】

現実世界にはリセットボタンが実装されていないので、自力でなんとかするしかない

S級バグ vs ミラクルアイディア①


 窓から差し込む太陽の木漏れ日が、私に朝の到来を告げる。


 まどろんだ意識のなかで、ベッドの上でうぞうぞと身体を身悶えさせて、疲れ切っている身体になんとかムチを打つ。転がり落ちるように布団から這い出た私は、半分目を瞑ったまま寝間着を脱ぎ捨て、床に放ってあったジーパンに足を通した。何の気なしに立ち鏡に目を向けてみる。目の周りにクマをいっぱいに作って、この世の終わりみたいな顔をしている自分がこっちを見ていた。


 ……わ、すごい顔……、でも、この顔なら子供に見られないかも――


 ちょっと背伸びした気分になった私……、『柏木かしわぎ 小梅こうめ』は、一人でへらっと笑って、洗面所で朝の雑事を済ませたあと、トタトタと階段を降りて我が家の食卓へと向かう。既に起きていた母が、慌ただしくテーブルに朝食を並べていた。


 「……お母さん、オハヨー」


 「おはよう……、って、アンタ、ひどい顔してるわね……、ちゃんと寝てるの?」」


 「ん……、昨日は、三時間くらい?」


 「ほとんど寝てないじゃない……、毎日毎日遅くまで、たまには休めないの……?」


 手を止めた母が、信じられないという顔でこっちを見ている。ドカッと椅子に腰をかけた私は、明後日の方向に目を向けながら寝ぼけ眼で返事を返す。


 「――むー、お母さん、私が働いてなかったときは、『いつまで寝てるのーっ』、って怒ってたくせに――」


 「『極端』だ、って言ってるの……、アンタが仕事頑張ってるのはエラいと思うけど……、身体を壊しちゃったら、なんにもならないわよ?」


 「……うん、今作ってるゲームがリリースした後、ちょっと長めのお休みもらえるみたいだから、それまでは、ガンバル……」


 「…………そう、ともあれ、無理はせずにね――」


 そこまで言うと、諦めたように母は口をつぐみ、朝食の準備を再開させた。目の前で湯気を立てているコーンポタージュを両手で抱えて遠慮がちに啜ると、暖かいスープが全身を巡っていく。脳がグルグルと活動を始めて、私は今日やらなきゃいけない作業を頭の中でボーッと組み立てていた。



 「――いってきま~す」


 トントンッ、とかかとの帳尻を合わせながら、私はガチャリと玄関のドアを開け放つ。カンカン照りの日差しが眩しく、私は思わず目を細めながら声を漏らした。


 「――暑っ……、は、早くクーラーが利いてる会社にたどり着かなきゃ……、死んじゃう――」


 ゾンビのような足取りで、テコテコと人通りの少ない一本道を歩いていた私は、ふと、ある違和感を覚える。なにか、いつもと違うような、何かが足りないような――


 ――財布、忘れてるでしょ、ズボンのポケットに入ってないから、いつもと感覚が違うんじゃない?――

 「――あ、そうだ。取りに戻らなきゃ……」


 くるっときびすを返した私は、テコテコと来た道を戻り、玄関のドアを開けようとして――


 ……あれっ? 今――――


 『久しぶり』に聴こえたアイツの声に、ハッとなる。

 ドアノブに手をかけながら、しばらくボーッと呆けていた私だったが、ガチャッとドアを開け放ち、「財布忘れた~」とのん気な声を上げた。


 ――その後、アイツ――、『浩介』の声が聴こえることは、私の人生で、一度も無かった。



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