S級バグ vs ミラクルアイディア③
――時刻は、深夜0時過ぎ。
狭っ苦しい会議室で俺は一人、全身をだらしなくオフィスチェアに委ねながら、ボーッと、真っ白な蛍光灯の光に目を向けていた。
――キィッ……、と静かにに開かれたドアの音が、俺の耳に届く。
姿勢を直して振り返ると、遠慮がちに揺れる、黒髪おかっぱが目に入った。
「……なんだよコウメ、帰れって言ったじゃねぇか」
「……私、だから。……『強奪』入れようって言ったの、私だから、私も一緒に、考える――」
テコテコと俺の元に歩み寄って、俺の隣の椅子にちょこんと座って体育座りをし始めたコウメを眺めて、俺はハァッ、とかったるそうなタメ息を吐いた。
「……もう、ちょっと……、なのにな――」
「――えっ?」
ボソリと、こぼすように漏らした俺の声を聞いて、コウメがキョトンと、子供のように目を丸くする。
「……いや、もうちょっとで、浩介との約束……、『世界一面白いゲーム』が作れるってのに……、こんなことで、躓きたくねぇなって――」
こぼすように、漏れるように、溢れるように――、俺の口から、モノ寂しいトーンの声が、放り出された。
眼前の検証端末から流れるゲーム画面を、ボーッと眺めている俺の耳に――
ポツンと、水滴が垂れるように、
「――違うの」
「…………えっ?」
「……大介、前に言ってた。……『世界一面白いゲームを作るコト』が、大介の弟……、『浩介』への、償いになるって……、それ、『違う』の――」
「……? 何言ってやがる、無関係のお前に、なんでそんなことが言えるんだよ?」
呆気にとられた表情で、
寂しそうに、哀しそうに、スッと目を細めるコウメの顔が映った。
「……浩介が、自殺したのは…………、私のせい……、大介の、せいじゃ、ない――」
「――はっ?」
「――浩介はね……、私の、高校のときのクラスメート……、私の、たった一人の、友達……、だっ、た――――」
黒髪のおかっぱが
「……小学生の時も、中学生の時も、ずっと友達が居なかった私は、高校に行っても独りぼっちだった。ワイワイとゲームやアニメの話で盛り上がってるみんなの姿を、遠巻きに見ていた……。ある日、好きなアニメのぬいぐるみがどーしても欲しくなった私は、勇気を出して一人でゲームセンターに行ってみたの。……大介と初めて会った、あの、ゲーセン……、初めてのUFOキャッチャーに、コツを全然掴めなかった私が、最後の百円玉を機械に入れようとした時……、浩介が、現れたの。……浩介のコトは、正直「同じクラスにいる男子の一人」、ってくらいの認識で、喋ったコトもなかったんだけど、浩介はなぜか私に気さくに話しかけてきて、『俺、UFOキャッチャーうまいんだ、取ってやろうか?』……、って――」
何かを懐かしむように、慈しむように、コウメがフッと、柔らかく笑う。神妙な顔でコウメの一人語りに耳を傾けていた俺は、真っ白い蛍光灯に、ボーッと目を向けていた。
「……浩介、私が狙ってたぬいぐるみ、一発で取ってくれた。『上手いんだね』って言ったら、『兄ちゃんはもっと上手い』って、自慢するみたいに言ってたよ。……それから、浩介とは学校でも喋るようになって、帰りにゲーセン寄ったり、浩介が私の家に持ち込んだゲーム機で遊んだり――、私たちは、四六時中一緒にいるようになったの。……浩介、格ゲー弱いから、全然相手にならなかったけど」
そこまで言うと、喋り疲れたのか、コウメはフゥッと息の塊を吐き出した。俺は椅子からずり落ちそうになっていた腰を元の位置に戻して、前のめりの姿勢になって、会議室のテーブルの上にだらしなく頬杖を突く。
「……浩介ね、私と一緒に行動するようになってから……、ちょっかいというか、――いじめられるように、なったの……、男女でいつも一緒に行動してる高校生ってあんまりいなかったから、目立っちゃったんだろうね。浩介、ガタイの良いクラスメートのグループが通りすがるたびにお腹殴られたり、酷い時は、急に水をかけられたりしてた……、私、そのたびに『大丈夫?』って何度も聞いたのに、『平気、平気』って……、笑ってて――」
どこか、懐かしそうに、慈しむような笑顔を浮かべていたコウメの顔が――
陰り、沈む。
「――ある日ね、いつもみたいにちょっかいを出された浩介の姿に……、私、耐えられなくなって……、げらげら笑ってるいじめっ子の背中、後ろから思いっきり蹴っ飛ばしたの……、その子、凄い形相で私のコト睨みつけて、私のコト、ドンっ、て押して――、私、壁に頭打っちゃって、頭から、血が出た……、浩介、それ見て、今までに見たことがないような怒った顔して、私のコト突き飛ばした子に向かって、凄い勢いで、向かって行って――」
コウメの声は、いつの間にか震えていた。
震えながらも、グッと目を見開いていた。
何もない宙をジッと見つめて、たどたどしくも、止まること無く、ひたすらに、言葉を、繋ぐ。
「浩介、いつもとは比べ物にならないくらい、めちゃくちゃにされた……、蹴られて、踏みつけられて、私は、やめてやめてって、叫ぶことくらいしかできなくて――、結局は、騒ぎを聞きつけた先生たちがやってきて、私はすぐに病院に連れていかれた。……浩介と、その生徒たちは、まとめて停学処分になって……、浩介は、何にも悪くないのに、いっしょくたにされちゃって――」
ふいに、コウメが俺の方を見た。
今にも消え入りそうな、脆くて、危なっかしくて……、
とても、見ていられないような、壊れそうな目をしていた。
「……浩介ね、学校、来なくなっちゃった。……浩介と私が一緒にいると、私が危ない目に遭うかもしれないって……、なんの相談もなしに、勝手に一人で決めて――、私ね、浩介の家に何度も何度も行ったのに、浩介、一回も出てくれなかった……、一か月くらいして、真面目な顔で私をリビングに呼んだお母さんが、言ったの」
黒髪のおかっぱが、たゆんで揺れる。
何かをごまかす様に、無理やり笑ったコウメの顔が、
ぐにゃりと、歪む――
「……浩介、自殺したって――」
静寂が、狭っ苦しい会議室を包む。
俺は、真っ白な蛍光灯にボー―ッと目を向けながら、ポリポリと頬を掻いていた。
コウメが、
「――だから……、大介のせいじゃない……、浩介が自殺したのは……、私の――」
「――はぁ~~~~っ!」
俺は、コウメの声に被せるように――
心底、呆れたような、心底、
大仰なタメ息を、コウメに向かって『ぶちかます』。
「――ったく、香澄といい……、どうして女っていうのは……、どいつもこいつも『バカ真面目』なんだよ……」
「…………えっ?」
聞き間違えたんじゃないかっていうリアクションで、コウメがパチクリ瞬きを繰り返している。俺はジトーーッ、とした細い目つきで、隣に座るコウメの頭をガッと掴んで、ぐいっと自分の顔に引き寄せた。
「……あのなぁ、よく聞けよ、『バカ真面目ゲームバカ』……、お前は、一つ勘違いをしている……、俺はな、確かにお前に言ったよ。『俺が世界一面白いゲームを作りたいのは、死んだ浩介に対しての償いだ』って――」
鼻先五センチメートルに迫る、くりくりっとした丸い瞳が、驚いたようにまん丸く見開かれている。俺はお構いなしに、コウメの顔面に向かって、まくしたてるように声を放りこんだ。
「――ただなぁ、俺は確かに『後悔』はしているが、『自分のせいで浩介が死んだ』なんて、一回も思ったことはねぇよ、……ましてや、おふくろでも、お前のせいでもねぇ、浩介はな……、自分の意思で、勝手にこの世界からドロップアウトしたんだ」
呆気にとられたような表情で、ジッとこっちを見つめるコウメの瞳を、逃がしてやるものかと、俺はググッとさらに顔を近づける。
……鼻先、三センチメートル――
殆どデコとデコがひっついているような至近距離、
文字通り眼前の、どうしようもない『ゲームバカ』に向かって、
全身全霊、俺は、俺の言葉を、ぶつける――――
「お前が、できることはなんだ? 俺たちが、できることはなんだ? 浩介を救えなかったことを後悔してるなら、うじうじ悩んでる暇なんかねぇぞ、浩介みたいに、逃げる場所がどこにも無くなっちまった奴らに……、一秒でも早く『隠れ家』を用意してやる……、俺たちがやれることって、それしかねぇだろ、……違うか?」
鼻先三センチメートル先で、
まん丸く目を見開いている『ゲームバカ』の口元から――
プっ、と吹き出すような息が、漏れ出た。
コウメの息がかかって、思わずコウメを顔面から引きはがした俺は、眉を八の字を曲げながら、コウメに怒声を浴びせる。
「――て、てめぇ、何笑ってんだよ!? 人が真面目な話してんのに……」
「……ククッ、ごめん、いや、大介……、ホント、『バカ』だなって――」
「――んだとッ!?」
目にいっぱいの涙を浮かべたコウメが、
「……ごめん、大介……、でも――」
コウメの顔がくしゃっと潰れて、悲しいんだか嬉しいんだか……、よくわからない表情のコウメが、そっと、小さな口を開く。
「……ありがとう」
心の中から、こみ上げるように、
その言葉が、こぼれた。
「…………ハッ、どういたしまし――」
――ガチャッ……
「――おーっ、おーっ! ……大介~、お前、カッコイイこと言う様になったじゃねぇか……、いや~、おじさん、涙出てきちゃうよ~~っ!」
ヘラヘラ笑っている俺たちの耳に、煽るような声が飛び込む。
「――ぐ、軍司さん……!? き、聞いてたんスか……、っていうか、なんでココに……?」
思わず立ち上がって焦る俺の姿をニヤニヤ眺めながら、軍司さんが両手に抱えたビニール袋を、ブランと掲げた。
「――いや~、あのあとパチンコやってたんだけど、ど~も集中できなくてさ……、家帰っても暇だし、来ちゃったよ、ハハッ――、あ、腹減ってるだろ? 牛丼、買ってきてやっ――」
「――あらあら、なんだか賑やかなコト……」
パタパタと、軽快なスニーカーの音を響かせながら、呆れ顔の香澄が開け放たれた会議室の中にズカズカと入り込んでくる。
「……か、香澄ッ!? お前、帰ったんじゃ――」
「――帰ったわよ。……今日は『ちょっとだけ』、早く出社してみたの……、0時、過ぎてるでしょ? ちゃんと、お風呂も入ったんだから――」
ファイルバインダーを小脇に抱えて、だらしなく片足に体重を掛けながら、香澄がいつもの調子で、フンッと得意げに鼻を鳴らした。
「――会社に泊まり込みなんて、何十年振りだろう。懐かしいねぇ……」
庭の盆栽を眺めるような顔つきで、優しく目を細めるテッさんが、香澄の後ろからよろよろと姿を現した。
「……テッさん、まで――」
「――私だけじゃ、ないよ。……どうやら今回のゲーム……、『ムゲン・ライド』の開発に関しては、皆、一ミリの妥協もしたくないみたいだ――」
ニヤッと笑いながら、くいっと執務室の外へと俺を促すテッさんに釣られるように、俺はガバッと会議室を飛び出した。
見ると、さっきまでがらんどうだった執務室に、チームメンバーが溢れかえっている。
――『背景オブジェクト』のように、ただそこに存在するのではなく、『プレイヤーキャラクター』として――、皆一心に、検証端末片手に『ムゲン・ライド』をプレイしていた。
「……みんな――」
その先の言葉が、喉から出てこない。
呆けた表情でボー―ッと突っ立っている俺の肩の上に、ポンッと軍司さんが手を乗せた。
「……こりゃあ、どんなことしても絞り出さなきゃいけねぇなぁ、S級バグを回避する、ミラクルなアイディアを、よぉ――」
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