弱小勇者 vs 無茶ぶり魔王⑧
――気づいた時には、時刻は0時を回っていた。
ガランと客が少なくなった『某ハンバーガーショップ』の店内で、『赤入れ』だらけになった企画書を眺めている俺の口から、震えた声が漏れ出る。
「……コレ…………、『神ゲー』じゃねぇか――」
「……私の意見なんて、ただの素人考えだし――」
「――バカ! お前みたいな『ゲームバカ』が、この世に『神ゲー』を生むんだよッ!」
俺としては最大限の賛辞のつもりなのだが、いかんせん言い方が悪いのか、少女の身体が再びビクッと跳ね上がってしまった。
「……お前、高校生だか中学生だか知らないが……、学校卒業したら、絶対にゲーム会社に入った方が――」
「――私、『ハタチ』だもん!」
今日一番の少女の大声が、俺の声を呑み込む。
潤んだ瞳でギロッと睨む少女の目つきに、今度は俺の身体がギュっと縮こまった。
「は、ハタチ……? 見えねぇな……」
「……童顔だもん、背もひくいもん――」
ぐずぐずとグズッているその姿は、とても『ハタチの女』には見えない、……というか、今の姿だけを見れば、小学生って言われても信じてしまいそうだ。
……ん? 待てよ、ハタチってことは――
「――お前、今何やってんだ?」
「……えっ? ……ハンバーガー食べた後に、知らない人にゲームの企画の説明されてた――」
「――そういうことじゃねぇよ!? ……『職業』だ『職業』!! ……大学生か? 専門学生か? フリーターか??」
「――うっ…………」
――果たして、『沈黙』。
数秒間の静寂のあと、ギュっと口を結んでいた少女の口から、ポロッと言葉が漏れる。
「…………何も、してない」
「…………えっ、『ニート』?」
「…………」
――果たして、『黙殺』。
俺はその問いを勝手に『イエス』だと独断する。
「――だったら都合いいや、お前……、明日から『ゲームプランナー』になれ」
「――えっ?」
潤んだ瞳で、キョトンとした表情で、目をパチクリと開閉させる少女を眺めながら、俺の口角がニヤリと上がった。
「うちの会社、入れよ。……そんで、俺と一緒に……、ゲーム作り、しねぇか?」
驚きと、困惑と、興奮と、混乱と――
『何を言われているのかよくわからない』、って表情で、少女が黒い瞳を丸々と見開く。
俺は少女の黒い瞳をジー―ッと、『逃すまい』と、真っすぐな目線でただ見つめながら、目の前の『コイツ』の出方を窺った。
永遠とも思える静寂、――実際のところは、数十秒かそこらなんだが――、沈黙に耐えられなくなったのは『少女の方』で、スッと視線を俺から外し――
「……私には、無理――」
まっ平な水面に向かって小石を放ったように、
ポツンと、少女の声が、地面に落ちる。
「……無理って、どういう――」
「――私……『なんか』っ!!」
――ガタンッ!! と、勢いよく立ち上がった少女の『黒髪のおかっぱ』が、フワリと、揺らぐ。
「――私なんか、家で独りで引きこもってゲームしてるのが……、お似合いなの……」
がらんとした店内で、有線放送のJポップだけが、バラエティ番組スタッフの
――ウィーンと、自動ドアの無機質な開閉音と共に、少女の姿が、俺の視界から消えさった。
清掃中の店内スタッフが、たった一人の客となった俺のことを、邪魔そうにチラチラ見やる。
俺はだらしなく頬杖をつきながら、赤入れだらけの企画書と、テーブルに散々している『ゴチソウ』の残骸を、ボーッと眺めていた。
※
――三日以内に売れるゲームの企画を考えろ――
『アソビ・レボリューション』の存続と、プランナーとしての俺のプライドの懸かった……、運命の『三日目』。
シンッ、と静寂に包まれた社長室で、俺の声だけが独り舞台のように淡々と響く。
「――以上が、俺が考えた企画です」
その台詞を最後に、俺はふぅっ、と胃の中にため込んでいた空気を一気に外へ吐き出した。ロッキングチェアにドカッと腰をかけている社長が、俺が昨日徹夜で仕上げた企画書を殺し屋のような目つきでまじまじ見やっている。ペラペラと何枚かに目を通したあと、スッと十枚弱のA4用紙を一つにまとめ、目の前のテーブルに静かに置いた。
「――なんだか、昨日の企画から……、ずいぶんと様変わりしたな」
台詞ほど驚いた様子を
――『ムゲン・ライド』――
企画書の1ページ目には、電脳チックなゴシック体の太いフォント文字でそう綴られている。俺と……、『アイツ』が考えたゲームのタイトル名だ。
……前の企画から残した要素は『2つ』。リアルタイム・オンラインバトルという対人要素と、人間が何かに『乗って戦う』という『ライダー仕様』だけだった。俺たちは、そのシステムのことを『ライド』と呼ぶことにした。
『ドラゴン』にこだわるのもやめた。「ドラゴンだけじゃなくて、鳥や飛行機にも乗れた方が楽しい」という『アイツ』の意見を採用したからだ。いっそのこと、最初から何かに乗っているのではなくて、バトルフィールドに設置している、あらゆるモノに『ライド』しながら戦ったら面白いのではないかというアイディアから、ゲームイメージが出来上がっていった。
『広大な空を飛び回る』という、俺の独りよがりなコンセプトはもちろんバッサリ斬った。俺たちが新しく考え出したゲームコンセプトは――
「――『電脳の世界であらゆるモノを乗りこなせ、キミだけのライドが勝利を決める、異空間オンライン対戦アクション』――、ね……」
眉間にシワを十本くらい寄せている社長に向かって、俺はぐいっと前のめりに近づく。
「……魔法少女でも忍者でも異能少年でも……、あらゆる人気モチーフを全部『キャラ』にして売るんです。世界観をあえて特定『しない』ことによってそれが可能になり、『世界中』の人……、あらゆるジャンルの層をターゲットにできます。……電脳という舞台も、スマホアプリの『画面の中』でやるゲームとしては、ピッタリハマると思ってます――」
社長の眼前三十センチメートルくらいまで顔を近づけている俺の口から、言葉の弾丸が止まらない。社長は
「――『対戦アクション』というジャンルは、スマホアプリだとまだヒットタイトルが少ないですが……、俺は絶対このあと『来る』と思います。ちょっと前まで、皆こぞって『格ゲー』ばっかやってたんだ。……面白いアクションゲームさえ作れれば、絶対みんな『プレイ』するはず……ッ!」
テーブルに目を落としたまま『何も言わない』社長に対して、俺は急き立てるように声を重ねる。
「……俺は、想像できます……、世界中のユーザーが、夢中になってこのゲームをプレイしている姿を……、だから、社長ッ――」
「――コンセプトの『文章の』意味が、よくわからんから……、それ『だけ』直せ」
テーブルに目を落としたまま、社長が一言、低く、静かな声を放つ。
「……えっ?」
「……業託で外に出してた連中、すぐに戻すから……、とりあえず来月までに『プリプロ』――、テスト版を作って俺に見せろ。 ……話は以上だ」
…………それって――
思わず目の前のデスクに乗り上がった俺は、ロッキングチェアに座っている社長の肩をガシッと掴んで、ガタガタと揺らした。
「……こ、この企画……、『OK』ってことっすよね!! ……開発、スタートさせていいんですよねッ!?」
ガクガクと揺らされている社長が、
グラグラと何かを言っている。
「――そ、――そ、――そう、――い、から、――はな――」
「――いよっしゃぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」
魔王……、じゃない、社長からパっと手を離した俺は、思わずドでかい声を出しながらガッツポーズで飛び上がった。がらんどうの魔王の間で、弱小勇者の雄たけびが滑稽に
「……ゲホッ…………、社長の首を絞めるバカがどこにいる……、いや、お前はそういえばバカだったな……」
ゲホゲホと咳をしている社長が若干イラつきながら、呆れたような顔で俺の事を睨んだ。
「――ちなみにだが…………、お前、どんな『裏技』使ったんだ?」
「――へっ?」
「これだけ方向性を変えた企画を一日で練り上げる……、とてもお前ひとりの所業とは思えん……、お前まさか、外部の人間に――」
――ギクッ……
タラリと一筋の汗を垂らしながら、とぼけたようにあさっての方向に目を向けながら――
「……ハハッ、や、やだなぁ社長……」
――ひきつったような笑みで、脳内に、ちんちくりんな『黒髪おかっぱ少女』の顔を浮かべながら、俺はヘラッと、だらしなく笑う。
「ゲームの『裏技』をユーザーに教える『開発者』が、どこの世界いるっつーんですかいっ」
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