弱小勇者 vs 無茶ぶり魔王⑦


 「……えっ?」


 ほとんど水みたいになったアイスコーヒーを吸い込んでいる俺の口から、思わずマヌケな声が漏れ出た。目の前の少女がいつの間にか顔をあげ、うかがうような表情で、俺の事をジッと見つめている。


 ……なんで、そんなこと知って……、って、あっ――


 俺の脳内に、すすだらけのゲーセンの床から、ひょいと『一枚の紙』を拾い上げた少女の姿がフラッシュバックされた。


 「――お前、あの紙がゲームの企画書だって、わかったんだな……?」


 静かに言葉をつむぐ俺を見つめながら、

 少女がコクンと、からくり人形みたいに頷く。


 ――ふと、俺の頭にある疑問がよぎった。

 ――俺はそのまま、よぎった疑問を、少女にぶつける。



 「――ゲーム作りに、興味あんの?」


 「……えっ?」


 「いや、わざわざ聞いたってことは、そうなのかなって。格ゲー、好きみたいだし」


 そっと目線を外し、煮え切らない表情でもじもじしている少女が、声を地面に落とす様に、ポツンと呟く。


 「…………別に」


 ……ウソだな。


 ――直感的にそう思った俺は、椅子に掛けていたショルダーバッグをガバッと開け放つと、雑にしまっていたA4サイズの紙の束を取り出し、少女の眼前にずいっ、と突き付けた。


 「……えっ?」


 困惑しながらも、少女がその紙――、俺が昨日徹夜で仕上げた『企画書』を受け取り、くりくりした黒い瞳で、まじまじと見つめる。


 ――ホントは、外部の人間に社内の資料を見せるのはご法度なんだが……



 「……お前に、その『企画書』を読んでもらって――」

 「――『アソビ・レボリューション』」



 ――果たして、俺の声と、少女の声が、『重なる』―― 

 


 「……えっ?」


 思わずマヌケな声をあげたのは『俺の方』で、呆けたように口を半開きにしながら、少女の顔をバカみたいに見つめる。


 「……ココに、書いてあったから」


 言うなり、少女は俺に企画書を見せながら、ゲームタイトル名がでかでかと綴られている企画書の一枚目……、の、右下にちっこく印字されている『企業ロゴ』を、トントンと指で指し示した。


 「……知ってんのか? うちの、会社――」


 気の抜けた炭酸水みたいな声をあげる俺に向かって、

 少女がコクンと、幼子のように頷く。


 「『戦国ドッジボール』……だっけ、なんか、ヘンなアプリゲームを最近リリースしてた――」

 「――ッ!!」


 ――その名前を聞いた俺の脳内に、『どす黒い記憶』が無遠慮になだれこむ――



 ――『戦国ドッジボール』。

 ……強敵ひしめくゲーム市場というレッド・オーシャンに真っ裸で飛び込み、無惨にも大敗を期した、渾身の『オリジナルタイトル』。

 その尖り過ぎたゲーム性とタイトル名で、リリース当初こそ話題を呼ぶことは出来たが……、度重なる仕様変更でとっちらかったバトルシステム、切迫されたスケジュール感で粗削りにならざるえなかったゲームバランス、わずか一週間というありえないデバッグ期間で品質を担保できるはずもなく、リリース後に発見されまくったバグの山――

 炎上ゲーム案件が踏みがちな地雷を全て踏んだ『地獄のプロジェクト』がヒットタイトルを生めるわけもなく、リリースわずか一週間で『クソゲーオブザイヤー』の筆頭にあがった『戦国ドッジ』は……、ゲーム制作に夢を抱いていたペーペーの俺に、悪夢のようなトラウマを植え付けた『呪われたタイトル』だった。


 「……遊んだのか? 『戦国ドッジ』……」


 「……うん、一応…………」


 「どう、……思った?」


 「……えっ?」


 「遠慮はしなくていい、もうクローズしたタイトルだ……、世間の評価も、わかってる……」


 「……クソゲー」


 「――ぐっ……」


 ――わかっちゃいるが、何度聞いても、自分が関わったタイトルを否定されるのは辛い……。



 「…………どのへんが、ダメだと思った……?」


 なんとなく、『コイツ』の考えを知りたかった俺は、震える声で、そんな疑問を投げかけてみた。


 「……えっ? ……えと、んと――」


 もじもじと身体をくねらせながら、あさっての方向に目を向ける少女にイライラした俺は、思わず語気を強めて言い放った。


 「……なんでもいいよ、お前の言葉で、『どう思った』か……、言ってみろ……ッ」


 思わず、前のめりになって少女の顔を見やる俺の視線と、グッと下唇を噛んで、上目遣いでこっちを見やる少女の視線が、交わる。



 「――なんか、のっそりしててテンポが悪かった。一回の戦いで30分くらいかかるのに、やれることって、コマンドから行動を選ぶだけだし……、それに、『何が正解かよくわからない』……、パス回しをしたらシュートの威力が上がるってシステムだったと思うけど、相手チームの武将にパスカットされるかもしれないから、外野にパスを出せばいいのか、そのまま打てばいいのかがわからないし……。今、自分が『正解を選んだ』っていう感覚がなくて、勝ってもあんまり気持ちよくなかった――」


 ダムが決壊したみたいに言葉を連ねる少女の声を聞きながら、俺はガクッとこうべを垂れながら、はぁっと大仰なタメ息を吐く。


 ……同じだ。


 ――リリース一か月前、チーム全員でテストプレイした時に出た意見と、『同じ』……。

 このままリリースしても『クソゲー』の烙印を押されて、世に溢れる『クソゲーの海』に溺れていくだけだって、誰もがそう思っていたのに、『これ以上リリースを延期するわけにはいかない』という、ゲームの『ゲ』の字も知らない親会社の意向で、何の改良も許されないまま俺たちの『戦国ドッジ』はレッド―オーシャンに特攻していった。百戦錬磨の魔王……、じゃなかった社長も、資金を投資してくれている『親会社』という地頭じとうの前では、年貢米を収める百姓にならざる得なかったらしい。


 「――でも」


 伏し目がちに、小さな口を開いた眼前の少女が、

 何かを思い出す様に、言葉をつむぐ。


 「『鬼武者モード』……、ボールを持ってない武将が、相手チームの武将を『そのまま斬りつけることができる』、バカみたいな必殺技……、あれは面白いと思った。将棋みたいに、ただ正解を重ねていくだけじゃなくて、最後にウソみたいな大逆転のチャンスがある感じは、好きだった」


 ――えっ……。

 

 うなだれていた俺の顔が、ムクっと一人でに起き上がる。

 ――一介のプランナーだった俺が、ディレクターに懇願して無理矢理ねじ込んだ『ぶっ飛びルール』……、社内で散々コキ下ろされた『鬼武者モード』を、『誰かに褒められた』のは初めてだった。


 ――突如思いついた『ある証明』に夢中になり、我を忘れて喋り続けている物理学者みたいに……、少女は虚空を見つめながら、『自分だけの宇宙』と必至に対話を続ける。


 「――もしかしてあのゲーム、ターン制のコマンドバトルじゃなくて『リアルタイムバトル』にしたら面白くなったんじゃないかなぁ。のっそりしたテンポも良くなるし、じっくり考えて何かを選択するよりも、その場の勢いで行動を選んだ方がドッジボールっぽいし……、ハラハラしながらプレイした方が、いつ『ボールを持たない武将が攻めてくるんだろう』って、『鬼武者モード』のシステムも活きる気がす……、あっ――」


 目を丸くして、ポカンと口を半開きにしている俺に、『ずっと見られている』ことにようやく気付いたのか、我に返った少女がハッとした表情を見せたかと思うと、すぐにしゅんっと縮こまる。


 「…………ごめんなさい――」


 バツが悪そうに沈んだ表情を浮かべながら、少女が消え入る声でそう呟く。


 ……コイツ、もしかして――――



 ――低い重低音が鳴り響きそうな少女の陰鬱いんうつな表情とは裏腹に、俺の脳内で、8ビットのファンファーレが奏でられ始める――



 「――リアルタイムで内野の武将を動かしながら、シュートを狙う先の相手まで選択するのか? ……ユーザーのやることが多すぎて、『タッチパネル』操作じゃ無理があるぞ」


 「――えっ?」


 真剣な目つきで、淡々と言葉を放った俺の顔を眺めながら、虚を突かれたような表情で、少女がパチパチと瞬きを繰り返している。


 「――お前だったら、どう『解決する』?」


 俺は、気づけば前のめりの姿勢で、少女の顔をグッとうかがう様に覗き込んでいた。何かに観念したような、何かを決意したような――、微妙なニュアンスの表情でゴクリと生唾を呑み込んだ少女が、満を持して、言葉を紡ぎだす――



 「――いっそ移動操作は、AI行動にしちゃえば……、RPGゲームの『作戦』……、『ガンガンいこうぜ』みたいに……、試合中にも作戦を変えれた方がスポーツらしいような――」

 「――『ボールを持っていない側』のやることがなくなっちまうぞ。ターン制なら、相手がシュートを決める場所を予測して、回避する面白さがあった――」

 「――それ、『相手がどこに投げるのか』のヒントが少ないから、予測するの難しかった……、いっそ、『パスカット』や『ボールキャッチ』をタップ操作のアクションにしちゃえば面白いかも――」

 「――『鬼武者モード』はどうやって発動させるんだ? ……もともとは、一定ターン過ぎると発動可能になる逆転要素として入れてたんだ――」

 「――内野の武将が一人になったら、発動可能になるとか……、いくら負けてても、武将モード一つで戦況をひっくり返せるかもしれないから、最後までチャンスがある感じが楽しそう――」


 アイディアの押し問答が、戦地に飛び交う弾丸のように、互いの顔をかすめていく。

 ――言葉を詰まらせたのは、『俺の方』だった。


 「…………お前――」

 「――あっ、……ごめんな、さい――」



 ……ただ、ゲームの文句を言い連ねるのは、『2ちゃんねる』の連中にだってできる……

 ――そんな『クソゲー』を、『神ゲー』に変えることができるのは……、ゲームが好きで好きでたまらない……、根っからの『ゲームバカ』だけだ……ッ!




 「――オイッ!」


 急に放たれた俺の大声に、少女の身体が再びビクッと震える。……周囲の客の目線が一瞬だけ俺たちのテーブルに集中したっぽいが、――関係ねぇ。

 俺は少女が手に持っていた企画書をバッと奪い取ると、ショルダーバッグから赤のボールペンを取り出す。


 「いいか、今から俺はお前に……、とある『ゲーム企画』をプレゼンする、それを聞いて、さっきみたいな調子でいいから……、お前が思ったことを、全部俺に伝えろ……ッ!」



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