弱小勇者 vs 無茶ぶり魔王⑥


 ――ガチャガチャガチャッ……、ダンッダンッダンッ……

 ――ガチャッ、ガチャガチャッ……、ダンッ……『KO』――


 …………よし。



 電子音が散々ととどろく真っ暗闇の空間で、チカチカと眩い色が数秒単位で切り替わる部屋の中で、『クライム・ギア』の筐体きょうたいの前に座り込んだ俺は、己の『格ゲー勘』を取り戻していく感覚に一人満足していた。

 今日も今日とて足を運んでしまったふるぼけたゲームセンターで、なんとなく『奇妙な少女』の姿を探してしまった俺だったが、どこを見渡しても『黒髪のおかっぱ』は発見できず、とりあえず誰もいない『クライム・ギア』の筐体きょうたいの椅子にドカッと腰を降ろしたのだった。


 ……俺の腕も、まだまだ落ちちゃいねぇな――


 シングルモードでNPCプレイヤ―相手にコンボの練習を決め込んでいた俺のプレイ画面に、『NEW CHALLENGER』の文字が羅列される、――筐体きょうたいの向こう側から、リアルプレイヤーが俺に勝負を挑んで来たのだ。


 ……よぅし、肩慣らしにはちょうどいいぜ……、そんじょそこらの素人プレイヤーなんざ、勘を取り戻したオレサマの手に掛かれば……、ん――?


 眼前のモニター……、キャラクターセレクト画面内のカーソルがカチカチと動き、とある『女性キャラ』を指し示したかと思うと、ピタっと止まる。



 ……まさか――


  ゴテゴテのロックサウンドが戦闘開始を告げ、画面内に佇む二人のキャラクターが一斉に行動を開始した。

 俺はひとまず間合いをとるために、バックステップで相手との距離を図る。

 ――が、相手はそんな俺の弱腰な姿勢を『あざ笑う』かのように、ダッシュモーションで一気に距離を詰めてきた。

 弱パンチ、弱キック、足払い……、敵の乱打を俺は間髪のガードで躱しまくった。



 ……もし、相手が『アイツ』だとしたら、一発でも喰らったら、終わる――


 相手は『防戦一方』の俺にウンザリしはじめたのか、スッと間合いを取り、威力の高い『タメ技』でガードを崩そうと試み始める。


 ……『チャンス』!!


 ブランクがあるとはいえ、攻撃チャンスをみすみす逃すほど俺の勝負勘は落ちぶれちゃいない。ガードを解いた俺は、相手との距離をギリギリまで詰めた後……、リーチの長い『強キック』で敵のダウンを狙った。


 ……決まっ――、

 ――ったと思った瞬間……、


 その攻撃が届く前に、俺の操作キャラが、空中に吹っ飛ばされる。



 ……カ、カウンター!? 『タメ技』は……、『ブラフ』だったのか――


 その後の戦況は推して知るべし。あれよあれよという間に空中コンボでボコボコにされた俺は、僅かにのこったライフで戦況を覆すこともできず、超必殺技のゴリ押しであえなく『ノーダメージフィニッシュ』の洗礼を受けることとなる。


 ――と、ゲームの勝敗なんざ、『どうだっていい』。


 ――相手の動きを、一手も二手も先を読むほどの勝負勘。隙を逃さず、一分の狂いもなく空中コンボを決めるレバー操作。

 ……扱いの難しい『女キャラ』で、そんな『神業』を悠々とやってのけるプロゲーマーみたいなヤツが……、こんなくたびれたゲーセンに、二人も三人もいるわけがねぇ――


 ガタンッ、と椅子を引いた俺は、ドカドカと筐体きょうたいの向こう側に座る『乱入プレイヤー』の元へ駆け足で近づく。



 電子音が散々ととどろく真っ暗闇の空間で、

 チカチカと眩い色が数秒単位で切り替わる部屋の中で、

 俺の眼前――、『黒髪のおかっぱ』が、ユラリと揺れた。

 


 出会って三日目となった『奇妙な少女』が、筐体きょうたいの前の丸椅子にちょこんと座っている。ぶすっとした仏頂面でゲーム画面をジーッと見つめているものの、両手はその筐体きょうたいの上には置かれておらず、自身のジーンズの両脇をグッと掴んでいる。


 「……おい――」


 ポツリと、声をかけた俺だったが……、その後の言葉をどう続けたらいいのかがわからず、声を詰まらせる。 ……そりゃそうだ、別に具体的な用事があったわけじゃない。


 ――ただなんとなく、『コイツ』なら……、バカみたいに『クラウン・ギア』をやりこんでいるコイツなら――

 目が濁りきった俺なんかと違って、『ゲームの面白さ』を、ちゃんと知っている気がしたんだ。


 ポリポリと、照れ隠しのように頭をかいている俺の顔に向かって、少女の目線が、スッと動いた。



 「――とう」


 「……はっ?」



 蚊の鳴くようなか細い声が、俺の耳に、ポツリと届く。

 思わず頭をかいている手を止め、バカみたいに突っ立ったまま少女を見下ろす俺の視線と、相変わらずの仏頂面で、睨むように俺のことを見上げている少女の視線が――


 ――『交錯』した。



 「……お前、今、何か言っ――」

 「――昨日はっ…………、ありがとうっ!」



 長年の片思いを経て、

 告白を決意した女子の如く――、


 『おかっぱ娘』の震える声が、古ぼけたゲームセンターに鳴り響く。

 

 

 「…………ございました――」


 少女は顔を真っ赤にしながら、肩でハァハァと息をしながら、威嚇いかくするような目つきで俺のことを睨んでいる。……とても、お礼を言う奴の『顔』じゃない。


 「……どう、いたしまして…………」


 妙な迫力に気圧された俺は、思わず杓子定規しゃくしじょうぎな返事を返して、言葉を紡ぐ。


 「……なぁ、お前――」




 ――グルルルルルルルッ――


 ――血肉に飢えた巨獣、『ベヒモスの唸り声』。

 ……ではなく、空腹の限界を超えた、一人の少女の『腹の音』。



 ただでさえ顔を紅潮させていた少女の顔がみるみる真っ赤に染まり上がり、誇張こちょう無く、顔から湯気が発散されようとしている。


 声を失ってしまった少女を眺めながら、

 ポカンと、バカみたいな顔で口を半開きにしている俺の口から、

 思わず漏れた、情け心。


 「……腹、減ってんの……?」





 から風が荒ぶ、二月の冬。駅前の某ハンバーガーショップにて――


 ポテトにナゲットにバーガーに……、よりどりみどりのジャンクフードを凄い勢いで腹にかっこむ少女をポカンとした顔で見やりながら、俺は氷で薄まったアイスコーヒーをチューチューと寂しく啜っていた。


 ……どんだけ食うんだよ、コイツ――


 テーブルに並べられた『ゴチソウ』を、あれよあれよという間に完食した少女が、最後にゴクゴクとコーラを胃の中に流し込み、ふぅーーっと満悦そうな笑顔で大きな息を吐き出す。呆れた目つきで睨んでいる俺に気づいたのか、少女がハッとした表情でこちらを見やった。――かと思うと、すぐにしおらしい素振りで身体を縮こませて、「ごちそうさまでした」とこぼすように呟く。


 ガヤガヤと、中高生やら仕事帰りのOLやらで、店内はかしましく賑わっていた。『ゴチソウ』の残骸で散々とした俺たちのテーブルだけが、ポツンと、空間が切りられたみたいに静寂のヴェールで包まれている。

 ――やさぐれたように頬杖をついている俺と、黙りこくったままテーブルに視線を落としている『コイツ』と――


 「――あのゲーセン、よく行くの?」



 『沈黙』のステータス異常が先に解除されたのは、俺の方だった。……一応社会人だし、こういう時は男の方から話を振るのがマナーってことくらい、ゲーマーの俺でも知っている。果たして、俺が雑に投げたボールを、数秒遅れで少女が拾い上げる。


 「…………うん、『クライム・ギア』の筐体きょうたいが置いてあるの、このへんじゃ、あそこだけだから……」


 ……なるほど、コイツ、このへんに住んでるのか。……ってことは、俺とご近所さんってこった。


 「……ちょっとかじった……、ってレベルじゃないぜ、お前、あのゲームどんだけやりこんだんだよ?」


 ボーッと窓の外を見やりながら、隣の席でだべるOLの愚痴話にイライラしながら、俺は少女に再び、山なりのボールを投げた。


 「……わかんない。プレステ4では家でずっとオンライン対戦してたんだけど、ゲームセンターで遊ぶようになったのは、最近……、今年、入ってから――」

 「――はっ?」


 急に剛速球ごうそっきゅうを投げつけた俺の剣幕に、少女の身体がビクッ、と震える。


 ……と、いけねぇいけねぇ、怖がらせてどーすんだよ……、ってあれ、コイツ……、金髪の男に対しては『ザコ』とか威勢が良いこと言ってたよな……、なんか、別人みてぇに『しおらしい』じゃねぇか――


 シュンと身体を小さくしている少女を眺めながら、俺の頭にそんな疑問がよぎったが、とりあえず今はすくみ上がった少女の身体をほぐすのが先決だ。


 「……あ、いや……、それが本当だとしたら、たいしたモンだよ。格ゲーを『コントローラー』でやるのと、『レバー操作』でやるのじゃ、『やってるゲームが違う』くらいに感覚が違うもんなんだ。ハードの方でいくらうまくなったって、一か月かそこらのゲーセン通いじゃ、フツウは半分プロみたいな連中にカモにされるのが関の山だぜ」


 「……そう、なんだ…………」


 俺としては最大級の賛辞だったつもりだが、少女の顔は浮かないままだ。……まぁ、格ゲーの才能を誉められて喜ぶ女なんて、この世にいないか。


 ――相変わらず店内は騒がしい。……騒がしいって自覚できるほど、俺たちの会話が弾んでないんだが……。

 次に掛けるべき言葉をグルグルグルグル頭の中で探しまくっている俺の元に――


 「――ゲーム……、作ってる人ですか?」


 目の前に座る少女が、恰好のつかない下投げの構えで、ぽーんとソフトボールを俺に向かって投げてきた。



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