弱小勇者 vs 無茶ぶり魔王⑤


 ――三日以内に売れるゲームの企画を考えろ――

 社運がかかった緊急ミッションが発令されてから、『二日目』。


 シンッ、と静寂に包まれた社長室で、俺の声だけが独り舞台のように淡々と響く。


 「――以上が、俺が考えた企画です」


 その台詞を最後に、俺はふぅっ、と胃の中にため込んでいた空気を一気に外へ吐き出した。ロッキングチェアにドカッと腰をかけている社長が、俺が昨日徹夜で仕上げた企画書を殺し屋のような目つきでまじまじ見やっている。ペラペラと何枚かに目を通したあと、スッと十枚弱のA4用紙を一つにまとめ、目の前のテーブルに静かに置いた。


 ――『ブルー・スカイ・ウォーズ』――


 企画書の1ページ目には、線の細いつややかなフォント文字でそう綴られている。

 昨日提出したアイディアを練り直し、社長から言い渡された改善点……、『何を売るか』の部分を盛り込んだ、渾身のリベンジ企画だった。


 昨日の企画からの変更点は主に『二つ』。

 一つは、操作するドラゴンにまたがる『ライダー』という、『ユニット編成』仕様を組み込んだこと。火竜かりゅう騎士きし鎧竜よろいりゅうと魔法使い、暗黒竜あんこくりゅうと天使――、『ドラゴン』と『ライダー』の組み合わせによって無限の編成パターンが生まれ、組み合わせにより面白さの幅が広げるのが仕様追加の趣旨だった。レアな『ライダー』をいわゆる『ガチャ販売』することで売り上げを担保するという寸法だ。

 二つ目は、人間達を蹴散らす『無双アクション』の要素を削ぎ落し、メインパートの仕様を、広大なフィールドで何人ものプレイヤーとオンラインで対戦する『バトルロイヤル』形式に変更したことだ。対人要素をゲームに取り入れることで、相手に勝ちたくなる……つまり「強いライダーが欲しくなる」――、課金への訴求要素を強くするのが狙いだった。


 ……昨日指摘された課題点は、クリアしているはずだ――


 俺はゴクリと生唾を飲み込みながら、眉間にシワを八本くらい寄せながら何やら考え事をしている魔王……、じゃなかった、社長の顔を覗き見やる。


 「……桝田」


 満を持して、社長がポツリと、俺の名前を呼ぶ。


 「……お前は…………、このゲームを……、何百、何千、何万というユーザーが、血眼になってプレイしている姿を想像できるのか?」


 「――はっ?」


 ――果たして、またしても『虚を突かれる』。

 禅問答ぜんもんどうのような曖昧なニュアンスの質問に、俺は思わず言葉を詰まらせてしまった。


 「……お前これ、『スマホゲーム』なんだよな……?」


 「……えっ? ええ……、昨日の企画から、対象ハードは変えていないつもりですが……、ってか、そう書いてるし」


 「『広大な空を飛竜に乗って飛び回れ、リアルタイム対戦がアツい爽快ドラゴンアクション』――、コレがこのゲームのコンセプトなんだよな……?」


 「……? はい、書いてある通りですが――」


 意図の読めない社長の質問に対して、俺はマヌケな声で返答を繰り返す。

 社長が、不機嫌そうにこみかみに指をあてながら、ギロリと俺の事を睨みながら、地鳴りのようなトーンで、言葉を放った。


 「――『広大な空を飛び回る爽快感』を…………、ちっこい画面の『スマホゲーム』に求めているやつが……、この世に何人いると思ってるんだ?」


 「――えっ……」



 ――果たして、俺は気づいていなかった。

 俺が思い描いていた『ブルー・スカイ・ウォーズ』は、壮大な海と空の景色が、『俺の脳内で補完されている世界』だということを。


 ――果たして、俺は失念していた。

 俺が実現したかった『壮大な空の風景』は、『ゲーム画面』という制限された枠内で表現される、『小さなハコの中の世界』にすぎないということを――



 「――桝田」


 数秒間の静寂を切り裂くように、ギョロリと目を見開いた社長が、静かに俺の名前を呼ぶ。


 「『あと一日』しかないから、これだけは言っておく……。自分が考えたゲームを、世界中のユーザーが夢中になってプレイしている姿を『想像』しろ。……その想像ができないようなら、――そんな企画は持ってくるんじゃねぇ、……以上だ」


 突き飛ばすようにそう言い放った社長の言葉に、殴られたような衝撃を受けた俺は、ノックダウン寸前のボクサーみたいに後ろによろけ、絞り出す様に「はい……」と声を漏らす。今日も今日とて、『魔王の間』から逃げるように退散しようとドアノブに手をかけ――


 「――時に、 桝田」


 ――不意打ちのごとく、背中から呼び止められる。


 ビクッと身体を震わせながら、ギギギ……、と、からくり人形のように身体を回転させながら、ひきつった笑顔を浮かべた俺が、社長に向き直る。


 「なっ……、なんすか…………?」


 「…………つっこもうかどうしようか迷ったんだが……、お前――、なんで顔に『青タン』なんか作ってんだ?」





 「はぁ~~~~っ……」


 ダムが決壊したように、疲れがどっと押し流れてきた俺は、ヘナヘナとその場にへたりこんでしまった。

 オフィスビルに設置されてある『室外喫煙所』で、指に挟んだタバコから白い煙がユラユラと外の景色に溶けていく。ガクッとこうべを垂れながら、コンクリの地面に目線を落としながら、俺の頭の中でグルグルグルグル、魔王の言葉が反芻する。


 

 ――世界中のユーザーが夢中になってプレイしている姿を『想像』しろ――

 ……してる、つもりだっつーの。


 心の中で愚痴をこぼす俺の耳に、キィーっと、ガラス張りの扉が開かれる音が飛び込んで来た。


 「……あれ、『大ちゃん』じゃない、なんだかずいぶんと疲れているみたいだねぇ……」


 「――『テッさん』」


 俺はむくりと顔を起こし、声がする方に目線を向けてみると、白髪をなびかせている初老の男性が、柔和な笑顔を浮かべながら、上着の内ポケットから紙タバコを取り出そうとしている。


 ――『テッさん』こと、『手塚 宗一郎』。

 『アソビ・レボリューション』の最年長社員で、ゲーム黎明期から業界に携わるベテランデザイナーだ。昔は『ドラファン』を作った大手ゲーム会社――、『ペンタゴン・フェニックス』に在籍していたこともあるらしいが、流れに流れて、何故か今はうちのような弱小ゲーム会社に腰を落ち着かせている。


 「……社長から聞いたよ、大ちゃん、なんだか大変なコトになってるみたいだね」


 「そぉ~~~なんすよ! テッさん……、聞いてくださいよ~~――」


 好々爺こうこうやの柔らかい笑顔にほだされた俺は、濁流だくりゅうのように愚痴を垂れ流し始める。

 『テッさん』は俺の心のオアシスで、どんな時でも俺のくだらない愚痴をウンウンと優しい表情で受け止めてくれた。時にはめげそうになっている俺を励ましてくれて、時にはだらけている俺をそれとなく叱咤してくれて……、俺なんかとは比べ物にならないほど色んな経験をしてきたテッさんは、俺にとってこの世界の師匠のような人だった。



 「――世界中の人がプレイしている姿を想像できないなら、そんな企画持ってくるな……、ねぇ……、ははっ、社長らしいや」


 「笑いごとじゃないっすよ……、実質、俺にはあと『一日』しか残されてないんスから……、ホント、どうしたらいいか――」


 言いながら、『あと一日』というタイムリミットが俺の心に重くのしかかる。キリキリと胃が痛み始め、不安に耐えられなくなった俺の口からは、さっきからタメ息しか出てこない。


 「……大ちゃんさぁ、『おかめはちもく』って言葉知ってる?」


 「……? なんスか、それ…………」


 「囲碁になぞらえたことわざのようなものでね……、実際に囲碁を打っている人よりも、傍で見ている人の方が『八目』も先の手が読める……、つまり、当事者よりも、第三者の方が冷静に状況を分析できる、っていう意味のことばなんだけど――」


 「…………はぁ」


 スローテンポで紡ぎだされるテッさんの言葉に、俺はイマイチ、ピンと来ていない。テッさんの説法がいつもまわりくどい例えから出発するのは三年間の付き合いで知ってはいるが、それに慣れるかどうかはまた別の話だ。


 「……『作っている側』はね…………、知らぬ間に、どんどん目が濁っていくもんなんだ。酷い時なんか、『何がこのゲーム面白いんだろう』……、って、本気でわからなくなってしまうこともある……」


 「…………」


 何かを思い出すかのように遠い目で語るテッさんの声が、妙にしんみりと俺の耳に響く。駆け出し三年目の俺でも、正解がわからなくなって、どうしようもない不安に襲われることは何度もあった。何十年もゲームを作り続けているテッさんの口から発されるからこそ、その台詞は俺の胸にズシリと重くのしかかる。


 「――なぁ、大ちゃん。『面白いゲームとはなにか』……、その答えを知っているのは……、『ダレ』だと思う…………?」


 「……えっ?」


 ふいに投げかけられた質問に、俺は思わず声を詰まらせる。


 「そりゃあ……、そのゲームを『作ったヤツ』……、なんじゃないすか」


 ぶっきらぼうにそう答えた俺に対して、

 テッさんが静かにかぶりを振った。


 「――『ユーザー』だよ。……そのゲームをやりこんでやりこんで、愛して止まない……、お客さんなんだ…………。ユーザーはね、ただ、楽しむため『だけ』にそのゲームをやっているんだ。貴重な自分の人生を費やしてそのゲームを『プレイ』しているんだからね。……そりゃあ、『楽しんでやろう』と必死だよ」


 「…………ただ、楽しむため……」


 

 ――ゲームの面白さを知っているのは、ゲームが好きで好きでたまらない、『ゲームバカ』だけ……

 ……言われてみれば当たり前のことだけど、俺は、そんな当たり前のことを、果たしてちゃんと『忘れずに』、ゲーム作りをしてたんだろうか――


 淹れたてのホットコーヒーを啜った時みたいに、テッさんの言葉が、俺の身体にじんわりと染み渡っていく。


 「……もし、大ちゃんが、今何かに悩んでいるようだったら……、ゲームが好きで好きでたまらない、『ゲームがないと生きていけないような』……、そんな『お客さん』の声を聞いてみるといいかもね」


 テッさんがくしゃっと笑うと、その顔に何本ものシワが刻みこまれる。好々爺こうこうやの柔和な笑顔を眺めながら、先ほどまで陰鬱いんうつに押しつぶされそうだった俺の心が、フッと少しだけ軽くなっていることに気が付いた。

 晴天の空を眺めながら、俺はボーッとタバコの灰を吸い殻スタンドに落とす。ユラユラ揺れる白い煙の先で、フワフワとたなびく黒髪のおかっぱが、ボンヤリと空の上に浮かびあがっていた。



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