弱小勇者 vs 無茶ぶり魔王④


 ――三日以内に売れるゲームの企画を考えろ――

 社運がかかった緊急ミッションが発令されてから、『一日目』。


 シンッ、と静寂に包まれた社長室で、俺の声だけが独り舞台のように淡々と響く。


 「――以上が、俺が考えた企画です」


 その台詞を最後に、俺はふぅっ、と胃の中にため込んでいた空気を一気に外へ吐き出した。ロッキングチェアにドカッと腰をかけている社長が、俺が昨日徹夜で仕上げた企画書を殺し屋のような目つきでまじまじ見やっている。ペラペラと何枚かに目を通したあと、スッと十枚弱のA4用紙を一つにまとめ、目の前のテーブルに静かに置いた。


 ――『ドラゴンズ・デストロイ』――


 企画書の1ページ目には、輪郭の太いフォント文字でそう綴られている。俺が考えたゲームのタイトル名だ。

 俺の考えた企画は、いわゆる『無双系』のアクションRPG……、何百人という敵をバッサバッサと斬り倒していく爽快感が『無双系』ゲームの最大のウリだが、俺は操作するユニットを『人』ではなく『ドラゴン』にしたらどうか? という発想で企画を練り始めた。

 『無双系』ならではの爽快感に、『敵サイド』の視点で侵略を楽しめる背徳感が加わり、絶妙なカタルシスがウリの尖ったゲームができるのではないか――、昨日の深夜二時ごろ、アイディアを思いついた俺は、眠い目をこすりながらパワーポイントに企画内容を詰め込んでいき、気づいたら意識を失っていた。


 ……着眼点は、悪くないはずだ――


 俺はゴクリと生唾を飲み込みながら、眉間にシワを八本くらい寄せながら何やらギョロリと目を見開いている魔王……、じゃなかった、社長の顔を覗き見やる。


 「……桝田」


 満を持して、社長がポツリと、俺の名前を呼ぶ。


 「……このゲーム…………、『何を売る』んだ…………?」


 「――えっ?」


 ――果たして、『虚を突かれる』。

 面白さの『外枠』からの指摘に、俺は思わず言葉を詰まらせてしまった。


 「このゲーム、『スマホアプリ』……、かつ『基本無料』でリリースするんだよな?」


 「……えっ、ええ。 据え置き機のゲームはいつか作ってみたいとは思ってますけど、『今ではない』と思います。うちには開発機も無いですし、半年っていう短い期間のことを考えると、これまでのノウハウを活用できるスマホアプリがいいかなって……」


 「『買い切りアプリ』でリリースするという手もあるが…………?」


 「買い切りアプリは、元々据え置き機で人気だったゲームを移植するくらいじゃないと売れるイメージがなくて……、それに、売れたとしても会社を再生させるほどの売り上げが見込めるとはとても――」


 たどたどしく言葉を紡ぐ俺の目を射抜く様に、社長の眼光が、ギラリと光る。


 「……『それくらいのこと』はわかってるんだな。……じゃあ改めて聞こう、このゲーム…………、『何を売る』んだ?」


 「――何って……」



 ――果たして、俺は失念していた。

 『面白さ』を追及するあまり、ユーザーがこのゲームの、何に『対価』を払うのかということを。

 ゲーム会社は、何も道楽で『ゲーム作り』をしているわけじゃない。俺たちが作ったゲームに対して、ユーザーが『お金を払ってくれる』から、俺たちはゲーム屋は毎日食っていけるんだ。


 沈黙を以てして、『答えが無い』ことを露呈した俺の姿を見ながら、はぁっ、と社長が大仰なタメ息を吐いた。


 「…………桝田、もう一度言ってやるから、耳の穴をかっぽじってよぉ~~く、聞け、あと、『二日』……、死に物狂いで、『売れるゲーム』の、企画を持って来い………ッ」


 「話は以上だ」とばかりに、ロッキングチェアごと反対側に身体を向けた社長の姿を眺めながら、俺は「はい……」と力ない返事を返す。トボトボと生気の無い足取りで踵を返し、バタンッ、とその扉を閉じて、『魔王の間』から逃げるように退散した。





 電子音が散々ととどろく真っ暗闇の空間で、

 チカチカと眩い色が数秒単位で切り替わる部屋の中で、

 俺はボーッとタバコをふかしながら、缶コーヒーをチビチビ胃の中に流し込んでいた。


 ……あの後、がらんどうの執務室でウンウンと『企画の練り直し』に勢をだしていた俺だったが、『売れる要素』を企画に組み込むアイディアが全く降りてこず、クルクルとロッキングチェアを身体ごと回転させながら、ポチポチと目的もなくスマホをいじりながら――、貴重な時間をドブに捨てていると気づいた時には『夕暮れ時』。

 さすがに慌てた俺は、一旦気持ちをリセットさせようとオフィスビルを後にし、安寧を求めるように昨日訪れたゲームセンターへと再び足を運んだのだった。


 ……売れる、ゲームか…………、畜生ッ――



 ――スーファミやプレステが全盛の『据え置き機』が市場を席巻していた時代は終焉を告げ、今やスマホをハードにした『ソーシャルゲームアプリ』が業界の王道……、『基本無料+アイテム課金』というビジネスモデルが主流となり、ゲームプランナーは、『面白い』だけでなく、『面白いし、課金もしたくなる』という、ビジネスと娯楽を織り交ぜた難解なアイディアを求められるようになっていた。


 ――据え置きゲームの面白さに魅了されて業界に入った俺たちが、据え置きゲームが売れない時代にゲームプランナーになっちまったというのは、つくづく笑えない話だ。



 「……あれっ――」


 モヤモヤとした陰鬱いんうつを晴らそうと、昨日惨敗した『クライム・ギア』のリベンジを果たすべくフラッと筐体きょうたいを覗き込んだ俺の目に映ったのは、見覚えのある『黒髪おかっぱ』。


 ……コイツ、昨日の――


 驚異的な腕前で俺の度肝を抜いたその『少女』が、昨日と同じく『クライム・ギア』の筐体きょうたいの前を陣取っていた。アンドロイドみたいな仏頂面のまま、変わらぬレバーさばきで超絶コンボを華麗に決めている。どうやら相手はNPCではなく、筐体きょうたいを挟んで対面に座るリアルプレイヤーのようだ。


 「……っがぁぁぁぁぁぁぁッ!?」

 ――ダァァァァァァンッ!

 

 突如鳴り響いた、筐体きょうたいを拳でたたきつける音と、断末魔のような叫び声に、店内にいた何人かの客の視線が、『クライム・ギア』の筐体きょうたいに一斉に集まる。


 「……て、てめぇぇぇぇ! いい加減にしろよぉぉぉっ!」


 細身で金髪の、見るからにガラの悪い男が、少女が座る筐体きょうたいの奥からその姿をひょろっと見せた。男はドカドカと少女の元に詰め寄り、血走った目を走らせながら、興奮した様子で少女の隣に立ちはだかる。


 ……おいおいおい、今、西暦何年だと思ってんだ……、イマドキ『リアル・ファイト』なんて、どこのゲーセンでもお目にかかれねぇぞ――


 どうなることかとヒヤヒヤしながらその様子を見守っている俺の胸中とは裏腹に、少女の態度は毅然としている。金髪の男なんて『まるで居ない』みたいなそぶりで変わらずプレイをつづけ、能面のような無表情のままガチャガチャとレバー操作に勢を出していた。


 「――アレ……、よく見ると、『カワイコちゃん』じゃねぇか。キミ、ゲームうまいんだなぁ、……なぁ、ヒマならちょっと呑みいかねぇか?」


 ……か、カワイコちゃんて……、このタイミングで、『ナンパ』するか……? フツウ――


 金髪の男がコロッと態度を変え、猫なで声を出しながら少女の顔を覗き見る。少女は変わらず金髪の男を居ないものとして扱い、一言も声を発することなく、くりくりっとした丸い瞳でゲーム画面をジー―ッと見つめていた。


 「……シカトすんなよぉ~っ、ねぇねぇ、このゲーセンよく来るの?」


 「……」


 「……キミ、いくつ? 高校生?? ……うちの高校じゃないよなぁ……、もしかして中学生とか??」


 「……」


 「――お~~い、なんとかいってくれよぉ~~っ」


 「……ザコ」



 ――少女の一言に、場内が凍りつく。


 俺を含め、店内にいた数人の客の表情が露骨ろこつにフリーズした。低姿勢でヘラヘラとだらしないニヤケ顔を浮かべていた金髪の男の表情が固まり、その唇が、ワナワナと震え始める――


 「……な、な、な、ナ・ン・ダ・ト……、ってめぇっ!」


 ――ガァァァァァァンッ!


 再び、轟音ごうおん

 金髪の男が、怒りに任せて『クライム・ギア』の筐体きょうたいを思いっきり蹴りとばした。それまで無視を決め込んでいた少女だったが、さすがに驚いたのか、その身体がビクッと震える。


 ……おっ、オイオイオイオイッ!?



 格ゲーで無惨にボコられ、あまつさえナンパにも失敗し、プライドをずたずたにされた金髪の男は誰の目から見ても理性を失っており、相手が『少女』だということなどお構いなしに、今にもとびかかりそうな殺気を全身からほとばしらせている。


 「……てめぇ、調子に乗るのも、いい加減に――」


 まさに、金髪の男が少女につかみかかろうとした瞬間、

 俺の身体が、条件反射で、『勝手に動いた』。


 ――ガバッ!


 露骨ろこつに慌てた声をあげながら、俺は無我夢中で金髪の男の背中に抱き着き、全身を羽交い絞めにしようと試みる。


 「――ちょ、ちょ、ちょ、……お前、落ち着けって!?」

 「――!? なっ……、てめぇ……、なんなんだよっ!?」


 

 金髪の男は困惑しながらも、ブンブンとその身体を動かし、俺のことを振り払おうと必至だ。金髪の男の細身ながら物凄い力に、俺の身体もブンブンと振り回される。


 ――ブオンッ、ダァァァァァァンッ!!


 ――そういえば俺はゲーマーだった。血気盛んな若者を抑え込める力なんてあるわけがない。思わず金髪の男から手を離してしまった俺の身体は無様にふっとばされ、傍にあった自動販売機に頭ごと背中をしたたか打った。


 ……いってぇ。


 痛みを感じているのもつかの間、ズカズカと俺の眼前に迫ってきた金髪の男が、俺の襟首をグイッと掴み、俺の全身を持ち上げる。


 「なんだよ、てめぇあの女の男か……?」


 「……ち、ちが……、と、と、とにかく……、離せ……ぐぇっ――」

 「――関係ねぇなら…………、すっこんでろよ! 『オッサン』!」


 ――眼前の景色が、ゆらりとスローモーション再生される。

 金髪の男が、ギラギラと目を血走らせながら、片腕で俺のことを持ち上げたまま、もう片方の手を思いっきり振り上げ――


 ――バッコォォォォォォンッ!


 『拳』が、俺の『顔面』にクリーンヒットした。


 「――ッ!?」



 ――『KO』――


 声、なき、声をあげながら、

 俺の身体が、すすだらけの古ぼけた床の上に、

 バタン、と、倒れる。


 「……ケッ、弱ぇくせに、しゃしゃり出てくんじゃねぇよ――」



 スタスタ……、と、誰かが遠ざかる足音が、地べたに寝そべっている俺の耳へと届く。数秒間の間、無様に寝っ転がっていた俺だったが、ヨロヨロと起き上がり、ドカッと自販機に背を預け、ふぅっ、と一息吐きながら周囲へと目線を向ける。

 金髪の男が、ゲームセンターの外へと歩き去っていく姿が見えた。……一発殴ったことで留飲りゅういんが下がったのだろうか、つくづく自分勝手な野郎だ……、さきほどまで遠巻きに様子を窺っていた周囲の客たちは、金髪の男の退場を皮切りに、『我関せず』と各々のゲームの世界へと還っている。

 俺はヒリヒリと痛む鼻っ柱を掌で触り、ヌメリと、粘り気のある液体が指にひっついた感触を覚えた。


 ……うわっ、この年になって、『鼻血』とか――



 ボタボタと流れ続ける鼻血を指で押さえながら、まどろんだ意識の中で、俺の目にふと映った、一人の『少女の姿』。

 ――さっきまでの威勢はどこへやら、今にも泣き出しそうに顔を歪ませている少女が、青い顔でパクパクと口を開閉させていた。どっこいせっ、と腰をあげた俺は、鼻頭を掌で覆いながら、ボーッと立ちすくんでいる少女に近づく。


 「……大丈夫か?」


 ――正直、大丈夫じゃないのはこっちの方なんだが、男が女を心配するのは万国共通の儀式みたいなもんだろう。頭一つ分背の低い少女が、黒髪のおかっぱを揺らしながら、窺うように俺の顔を見上げている。


 「……血が…………」


 「……ああ? たいしたこと、ねぇよ」


 「……それに、紙――」


 「――紙?」


 少女が薄汚れたゲーセンの床を指さし、俺は釣られるように視線を動かした。

 床にぶちまけられている、『紙』『紙』『紙』――、殴られた拍子に、肩にかけていたショルダーバッグの中身がガパッと開き、中に入っていた企画書が床に散らばっていたらしい。


 「――チッ……」


 辟易へきえきした感情を散らすように舌打ちした俺は、掌で鼻頭を抑えたまま、片手を使って床に散らばった企画書を拾い始める。肩に掛けているショルダーバッグの中へA4サイズの紙の束を乱雑に放り込み、フゥッ、と一息ついた俺の目に、再び少女の姿が映った。

 少女は、少し俺から離れた位置で、遠くに舞い飛んでいたらしい『最後の一枚』を拾い上げ、じーーっと、幼子のような目つきでその紙に書かれた文字をまじまじと見つめている。慌てた俺は、少女にドカドカと近づき、少女が手に持っているその『紙』を乱暴に取り上げた。


 「――あっ……」


 「『社外秘』の書類だ、……あんまり見ないでくれ」


 おもちゃを取り上げられたような子供のような表情で、少女が小さなうめき声を上げた。チラッと、傍で立ちすくんでいる少女の方を見やると、少女は能面のような無表情で、目線だけを俺の顔に向け、飴玉をしゃぶる幼子のように口をもごもご動かしている。


 「…………あの……」


 「…………あっ?」


 「…………あの、えと……」


 「…………何、……なんだよ?」


 「…………あの、えと、んと――」


 口をパクパクと動かしながら、幼稚園児みたいな声を漏らしながら、少女がもぞもぞと、居心地が悪そうに身体をくねらせた。


 ……なんだコイツ、喋れねぇのか……?


 明らかに挙動不審な少女にしばらくいぶかし気な目を向けていた俺だったが、煮え切らないその態度に段々イライラしてきて、頭をボリボリと掻きながら、荒げた声を思わず口から漏らす。


 「……あのなぁ、言いたいことがあるんなら……、ハッキリ言えよッ――」

 「――ッ!」


 ビクッと少女の身体が跳ねあがり、くりっとした瞳がまんまるに見開かれる。


 ――鼻っ柱を掌で覆いながら威嚇いかくする俺と、虎に睨まれた子ウサギのように、身体を固まらせている眼前の少女……

 硬直に終止符を打ったのは少女の方で……、黒髪おかっぱがフワッと揺れたかと思うと、少女は脱兎のごとくクルリと回れ右をして、何かに追われるようにその場から駆け出してしまった。


 …………えっ?



 俺はバカみたいに鼻っ柱を抑えながら、走り去る少女の背中をボーッと見送る。

 電子音が散々ととどろく真っ暗闇の空間で、はたやかましい騒音が、ネットニュースみたいに、俺の耳から耳へと流れては消えていった。



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