弱小勇者 vs 無茶ぶり魔王③


 『ゲームプランナー』に必要なスキルってなんだと思う? ……『独創的な発想力』? ……『柔軟なコミュニケーション能力』? ……『最低限のIT知識』?


 ――どれも、『否』。

 『ゲームプランナー』に必要な唯一のスキル……、


 それは、『忍耐』だ。



 『ゲーム業界』――、この世界のクリア条件は、『最後まで立ち続けること』。

 理不尽すぎる難易度の『ベリーハードモード』に何百回もリトライして、どす黒いクマを目の周りに肥しながら、太陽の目覚めと共にエンディング画面を拝むことのできる『忍耐』を持った、『ゲームバカ』だけが生存できる、超特殊なバトルフィールド。


 何の装備もナシに放りだされた俺は、戦場をウロチョロするのに精いっぱいで、夜明けとともに帰路につき、ほとんど『ゼロ』に近いHPとMPを僅かな睡眠で回復する毎日……、目まぐるしいコミュニケーションゲームに摩耗まもうし続けた俺のライフポイントは『赤ゲージ』ギリギリ、頭の中ではピコンピコンと警鐘音がかき鳴らされていた。



 ――俺の夢は『世界一面白いゲームを作ること』。

 それは、別に今も変わらない。


 ただ、それを思い出す回数が、最近は減ってきた気がする。



 飛んでくるボールが身体にぶつからないように、慌てて打ち返す。

 答えの無い大喜利の回答を、宇宙に向かって一生叫び続けている。


 ……そんなことを続けて、気づいたら三年も経っていた。

 乾いた空を見上げながら、指でつまんだタバコから灰の塊がポロッと落ちたのにも気づかずに、ボー―ッと、生気の無い顔で、誰に向けてでもなく、呟く。


 「……俺は、一体『ダレ』に向けて、ゲームを作ってたんだろうなぁ――」



 ふと、何年も開けていない引き出しの奥底から、懐かしい写真が出てきたように――


 『アイツ』の顔が頭によぎった俺の心臓が、

 ギュッと、鷲掴わしづかみにされるように、縮こまる。



 ――ハッと我に返った俺は、とっくに火が消えていたタバコの吸い殻を携帯灰皿に押し込め、「よっこらせっ」と呟きながら、自らを奮い立たせるかのように仰々しく立ち上がった。


 「……久しぶりに、『あそこ』でも行くかな……」

 ――なんだか独り言がよくこぼれる日だ。


 フッと自嘲気味に笑いながら、ブルブルと背中を丸めながら、俺はトボトボと、灰色に埋め尽くされた公園を後にした。





 ――ガチャガチャガチャッ……、ダンッダンッダンッ……

 ――ガチャッ、ガチャガチャッ……、ダンッ……『KO』――


 …………ド畜生。



 電子音が散々ととどろく真っ暗闇の空間で、チカチカと眩い色が数秒単位で切り替わる部屋の中で、俺は眼前の『赤いボタン』をイラつき気味にダンッ!と叩いた後、はぁっ、と空気の塊を口から吐き出した。


 ――都内某所の、くたびれた『ゲームセンター』。学生時代はあししげく通っていたその場所だったが、働き始めてからはすっかりと足が遠のいてしまっていた。騒音と淀んだ空気がまどろみ、とても快適とは言い難い『異形の空間』のはずなのに、何故だか俺はココに来るとホッと安寧を得ることができた。


 今俺がプレイしていたのは『クライム・ギア』という名前の『格闘ゲーム』。スタイリッシュなアニメーションと連続空中コンボが爽快な知る人ぞ知る名作だ。当時は百戦錬磨の腕前を誇っていた俺だったが、ブランクが祟って操作ミスを繰り返す体たらく……、筐体きょうたいを挟んで対面に座る顔も知らない手練れプレイヤーにボコボコにされてしまった。


 ……少しだけ、勘を取り戻してきたぜ。次は、負けねぇ――



 財布から取り出した百円玉をまさに投入しようとしたその時、トンットンッ、と後ろから誰かに肩を叩かれる。


 ……んだよ、邪魔すんじゃ――


 イライラした表情をあらわに、くるっと振り向いた俺の目に映ったのは……、


 能面のような無表情で、おかっぱの黒髪を揺らしながら、くりくりっとした猫みたいな瞳で、こちらをジッと見つめる『一人の少女』。


 …………なんだコイツ、高校……、いや、中学生か……?



 しばらくそのままジー―ッと見つめあっていた俺らだったが、やもすると『謎の少女』が静かに口を開き、ポツリと、こぼすように声を漏らす。


 「…………順番」


 「…………えっ? ……あ、ああっ、わりぃわりぃ――」


 すべてを察した俺はガタンッと椅子を引いて立ち上がり、床に放っていたショルダーバッグをしょいあげた。

 『連コイン』――、後ろで待っているプレイヤーがいるのに、連続でゲームをプレイする悪行は、ゲームセンターにおいては最大のタブーだ。久しぶりのゲーセンでそんな鉄の掟さえ忘れてしまっていた俺は、慌てて少女に席を譲った。少女は横目で俺の姿を確認したあと、スッと椅子を引いて、仏頂面のまま簡素な丸椅子にちょこんと座り込んだ。


 ……クソッ、俺はこんな『当たり前』のことすら気づかないダメな大人になっちまったのか――


 はぁっ、と真っ暗闇の空間に陰鬱いんうつをこぼしながら、俺はボー―ッと、俺の代わりにその席へと座った少女のプレイ画面を眺める。キャラクターセレクト画面内のカーソルがカチカチと動き、『女性キャラ』を指し示したかと思うと、ピタっと止まる。


 ……へぇ、『そのキャラ』使うんだ。やっぱ女は『女キャラ』を使いがちだな――


 ゲーム画面をジーッと見つめる謎の少女のことを、勝手に素人プレイヤーだと判断していた俺の口から、フッ、と乾いた笑いが漏れる。


 ……『そのキャラ』は、初心者が使うにはちぃっと難しいぜ……、さっさと負けて、俺にその席を空け渡しやがれ。


 少女が見つめるモニター画面をきらびやかなアニメーションが彩る。ゴテゴテのロックサウンドが戦闘開始を告げ、画面内に佇む二人のキャラクターが一斉に行動を開始した――


 ――ガチャガチャガチャッ……、ダンッダンッダンッ……

 ――ガチャッ……、ガチャガチャガチャガチャッ……、ダンッダンッ……

 ――ダンッ……『KO』――



 

 ――はっ……?


 目の前で繰り広げられた、『信じられない光景』に、俺は思わずゴシゴシと目をこすり、そのゲーム画面を、いまいちどジィ――ッと見つめた。


 ……おいおい、マジかよ……、『ノーダメージフィニッシュ』――


 ゲーム画面に映る『女キャラ』が相手の攻撃を間髪で躱しまくり、刹那のタイミングで放った弱攻撃で相手をフワリと空中に飛ばす、そのあとはひたすら、コンボ、コンボ、コンボ……。なんでもない『一打』から開始されたその『超絶コンボ』で、相手の体力ゲージがものの数秒で半分以下に減らされた。最後は、ヤケクソ気味に突進してきた相手を『超必殺技』で返り討ちにしてあっさり『KO』――


 ……コイツ、何者だ…………?



 あっけにとられていた俺の耳に、二回目の『KO』が告げられる。果たして、二戦連続で『ノーダメージフィニッシュ』を決めた少女は、ピクリとも表情を動かすことなく、その後も機械作業のように淡々とゲームをプレイし続けた。『筐体きょうたいの向こう側』の相手が再戦を挑む気配はない。 ……そりゃそうだろう、こうまで実力が違えば、百円玉をどぶに捨てるようなものである。なんとなく少女に興味を持った俺は、しばらく少女のゲームプレイを観察することにした。

 

 『クライム・ギア』は、『攻撃』で相手をどれだけ吹っ飛ばせるかの『衝突度』と、吹っ飛ばされた時にダウンするまでの時間が決まる『体重』というパラメータが各キャラクターごとに設定されている。つまり、同じコンボパターンが全てのキャラクターに通用するとは限らないのだ。少女のプレイを見る限り、彼女は、どんな相手でも『最大コンボが通用する』ように、『あらゆるコンボパターン』を頭の中に叩き込んでいるようだった。


 ……どんだけゲームをやりこんだら、この領域にたどり着けるんだ――


 感嘆を通り越して戦慄させ覚えていた俺は、気づけば少女がシングルモードでラスボスをぶちのめすまで、まじまじと彼女のゲームプレイに見入ってしまっていた。


 ガタンッ、と椅子を引き、少女がスッと立ち上がる。

 ――チラッ、と少女がこちらを向き、俺たちの視線が、一瞬だけ交錯する。


 ……や、やべぇ、目、合っちまった――


 ――冷静になってみると、自分のプレイを見知らぬ他人にずっと見られている状況というのは、フツウに考えて『怖い』。ましてや相手が『異性』だとしたらなおさらだ。意図せずに『ストーカーまがい』の行為を行っていたことに気づいた俺は、慌てて口をパクパクと開閉させる。


 「……やっ、ちがう、妙なつもりは――、あっ!」



 ――くるっ、と、少女が俺に背を向けた。

 俺の声を背中で聞き流しながら、少女がトタトタと、駆け足気味にその場を離れる。


 電子音が散々ととどろく真っ暗闇の空間で、チカチカと眩い色が数秒単位で切り替わる部屋の中で、俺はバカみたいに右手を差し出しながら、逃げるように走り去ったその少女の背を目で追っていた。



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