弱小勇者 vs 無茶ぶり魔王②


 「……はぁ~~~~っ」


 何度吐いたかもわからない大仰なタメ息が、自分の意思とは裏腹に俺の喉から勝手に漏れ出る。陰鬱いんうつが、冬の乾いた風にさらわれ、吹き溜まりの落ち葉の中へボトリと落ちた。


 着飾る事を忘れた枯れ木が、空しく存在を主張する『さびれた公園』で、俺は誰も居ない事をいいことに、シュボッと、紙タバコの先端に火を灯す。

 ユラユラと揺れる白い煙を眺めながら、ドカッと、冷たい木造ベンチに背中を預けながら、俺はボー―ッと、誰も居ない空に目を向けた。



 ……入社三年目にして、社運をかけたタイトルへの『大抜擢』……、まぁ、『消去法』で選ばれただけなんだけど――


 ――チャンス……、じゃねぇか……、ナニ、『浮かない顔してんだよ』……、お前の夢は、『世界一面白いゲームを作ること』だったんじゃねぇのか……?


 心の中の俺が、

 呆れたような目つきで、

 まるで生気のない、俺のことを蔑む。


 ……世界一、面白い、ゲーム……ねぇ…………。


 ――現実世界の俺が、やさぐれたようにタバコをふかしながら、心の中の俺に、乾いた笑いを返す。灰色の雲に覆われた味気の無い空を見つめながら、俺はふぅーーっと、陰鬱いんうつの混ざり合った白い煙を宙に向かって吐き出した。

 あてもなく拡散された二酸化炭素のガスが曇天どんてんの景色へ溶け込み、透明に濁った都会の空へと消えていく――






 ――『桝田ますだ 大介だいすけ』、二十五歳、ゲームプランナー歴三年。

 俺の『ゲーマー人生』が開幕したのは、小学三年生の時のとある夏の某日。


 親父が気まぐれに買ってきた中古の『スーファミ』と、ごてごてしいパッケージデザインで彩られた『ドラゴン・ファンタジー』という名前のゲームソフトに、……俺は最初は目もくれていなかった。


 幼い頃はどちらかというとやんちゃで、家に閉じこもって何かをするよりも外で友達と草野球をする方が好きだった。当時の俺は、コントローラー片手にテレビ画面にへばりつく友人達の姿がなんだかとても『ダサく』見えてしまって……、とても自分でゲームをやる気にはならなかった。


 親父が仕事から帰ってくるなり、酒をあおりながら『ドラゴン・ファンタジー』――、通称『ドラファン』をプレイするのが我が家の日常となっていった。家にある唯一のテレビを毎日占領されるもんだから、その光景は嫌でも俺の視界に入ってくる。夕食が終わった後の唯一の娯楽を奪われた俺が、親父のゲームプレイを横で眺めるようになるには時間がかからなかった。


 最初はなんとなく流し見する程度だった俺だが、酔っぱらってミスを連続させる親父のプレイに段々イライラしてきて……、「俺にやらせろ」とコントローラーを奪ったことが全ての始まりだった。


 『ドラファン』はファンタジーの世界を無尽に駆け巡ることができる『アクションRPG』だった。最初の内はAボタンを連打するだけで敵をバッサバッサと斬り倒していくことができたのだが、物語の進行とともに『難易度』が高くなっていき、『回復アイテム』の準備不足や、キャラクターを強化する『装備』を怠ってしまうことで、強敵に打ち負かされることが多くなっていった。

 気づけば俺は毎日のようにテレビ画面にへばりつき、「あーっ!」だの「ちくしょーっ!」だの一人叫び声をあげてはおふくろに「うるさい」とたしなめられた。コントローラーを奪われた親父は、酒をあおりながら俺のプレイを眠そうな目で眺め、プレイヤーと観客の立場がいつの間にか逆転していた。




 主人公の父を殺したにっくき仇敵と対峙するシナリオに、俺は自分のことのようにメラメラと闘志が燃え上がった。

 かつて敵だったキャラクターが仲間になって、主人公パーティに加わる熱い展開に、胸の高鳴りが止まらなかった(使ってみると意外と弱い、というガッカリ感があったのもいい思い出だ)。

 ずっと一緒に戦ってきた幼馴染が実は妖精で、世界の平和と共に存在が消えてしまうという切ないエンディングに、涙が止まらなかった。



 ……そう、俺は『ドラファン』に――、『ゲームの世界』にすっかりハマってしまったのだ。


 その日から俺は、両親に土下座を繰り返しては新作ゲームを買ってもらい、知人友人に土下座を繰り返してはオススメゲームを貸してもらい、時には一日中テレビの前に陣取って、時には友達の家へ三日三晩泊まり込んで――、


 あらゆるジャンルのゲームを貪るように遊び、気づけば『桝田 大介』という名の立派な『ゲーマー』が爆誕していたのだった。





 底辺偏差値ていへんへんさちの三流大学を卒業した後、『ゲーム会社』を進路希望した俺のことを、『株式会社 アソビ・レボリューション』という、超絶にダサい社名の会社が拾ってくれた。設立わずか八年、社員数五十人にも満たない小さなベンチャー企業だった。緊張でガチガチに固まった状態で臨んだ一時面接だったが、短いやりとりを交わしたあと、面接官が放った一言に俺は唖然とした。



 「――で、いつから来れんの?」


 ――ちなみに、その『面接官』というのが、異常に顔の怖い初老のオッサン――、『アソビ・レボリューション』の『代表取締役社長』だったというのを知ったのは、入社初日のことだった。



 ――さて、とにもかくにも憧れの『ゲーム業界』へと足を踏み入れ、『ゲームプランナー』という、欲しくて欲しくてたまらなかった肩書きを手に入れた俺は、浮足立ちすぎて、たぬきのしっぽを使って空を飛んでいる気分になっていた。


 ――ラフなファッションの若者たちが、ホワイトボードを囲み、笑いながら『いいゲームとは』と日夜語り合っている――


 そんなきらびやかな『ゲーム会社』像を抱いていた俺だったが……、


 その幻想は、

 アルバイトとして早期入社した、約一週間足らずで、

 もろくも、瓦解する――

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