【1st BATTLE】
レベル1の勇者がいきなり現れた魔王を倒すには、裏技を使うしかない
弱小勇者 vs 無茶ぶり魔王①
肌を刺すような冷気が、乾いた街をひえびえと覆いつくしている、二月某日――
鉄筋コンクリートで固められたオフィスビルとはいえ、エアコンが付いていない屋内を過ごすにはいささか厳しい季節だ。がらんどうの執務室で一人、俺はドカッとだらしなく両足をデスクの上に放り、ロッキングチェアに体重を預けていた。ケツと背中からヒンヤリした感触がジワジワと広がり、俺の全身を芯から冷やしていく。
完全に暇を持て余している俺は、誰も居ない空間にふと目を向けてみた。
――キャラクターフィギュアやら、ポスターやら、画集やら……
あらゆる場所……、『デスク』も、『壁面』も、『会議室』ですら、ゲーム関連のグッズで埋め尽くされている異形の職場環境は、『ゲーム開発会社』ならではの光景だろう。
……なんか、目ん玉の中まで『萌え』に覆いつくされちまいそうだな――
――ボフッ
髪の毛がくしゃっと潰れる感触と、脳がグニャッと揺り動かされたような感覚と――
『ダレカ』に『ナニカ』で頭を叩かれたのだと理解した俺は、背もたれに全身をだらしなく預けたままの姿勢で、くるっとロッキングチェアを一回転させ、その『ダレカ』に顔を向けた。
「……ココ、一応会社なんですけど……、なんて恰好してんのよ、アンタは……」
ジト――ッと何かを蔑むような視線と、はぁぁっと大仰なタメ息が、俺の『目』と『耳』へ同時に飛び込んだ。
「……うるせぇな、誰もいないんだから、別にいいだろ。お前は俺のおふくろか? 姉貴か?? 学校の担任か???」
「……ナニソレ、どれでもないし、どれになっても最悪ね」
『俺』の売り言葉を、ものの三秒で買い占めたあとに倍の値段で売り返してきた目の前の『女』――、『
「――『社長』がお呼びよ……、『社長室』で待ってるって……」
「えっ……?」
思わず椅子からずり落ちそうになった俺を、香澄が満足そうな顔で見届ける。
俺は、香澄がくるりと踵を返し、コツコツとヒールの音を高飛車に鳴らしながら、がらんどうの執務室を整然と歩き去る姿を、バカみたいなツラでボーッと目で追っていた。
……今更、社長が俺になんの用事があるんだよ――
はぁっ、と
※
――コンコンコンッ
――そっちから呼んだんだから、取り込み中なわけがないだろう、……と思いながらも、俺は
「……失礼しやぁ~~っす」
ぶっきらぼうに語尾を伸ばしながら、俺はのそのそと『魔王の間』へと足を踏み入れる。魔王……じゃなかった、『社長』はデスクには座っておらず、どこぞのおエラい経営者みたいに窓から外の景色を見下ろし、モノ言わぬ背中で俺に沈黙を投げかけていた。俺が「何かご用ですか」と通り一遍の文句を投げると、社長は俺に背中を向けたまま、ゆっくりと唸るように声を上げた。
「……出社、していたんだな…………」
「……ええ、まぁ、平日ッスから……」
「……仕事なんて、『ナイ』だろ…………?」
「……いやまぁ、そりゃ、そうなんですけど……、家にいても、ゲームするだけだし……」
「……小島も、来ているみたいんだな…………」
「……ええ、まぁ、アイツは、バカ正直が取り柄みたいなバカですから……」
「…………」
「…………」
……んだよっ!?
人を呼んでおいて中々本題を切り出そうとしない社長に、俺は心の中で悪態をまきちらす。イライラした様子で語気を強めた俺の言葉と、刺すように鋭く口を開いた社長の声が、『衝突』する。
「……あの~~、社長、特に用事がないなら……、俺、帰らせて――」
「――時に、『
俺の台詞に被せるように『俺の名前』を呼んだ社長が、くるっとこちらを向いた。殺し屋のような鋭い眼光で射抜かれた俺の身体が、カチンっ、と硬直する。
……こわっ、やっぱ『魔王』、怖いわ……、特に『目』が。
『ファミコン』の誕生と共にゲーム業界という戦場を駆け抜け、大手ゲーム会社から一人独立し、会社を立ち上げるほどの馬力を持ち合わせるわが社の社長は、自分に厳しく、他人にはもっと厳しい。ことに『ゲームの品質』に対しての審美眼はズバ抜けており、企画や試作版のツメが甘いと、問答無用で『リテイク』を要求する。……そんな社長のことを、俺らが陰で『魔王』と呼ぶようになったのは、至極当然のことだった。
眉間にシワを八本くらい寄せながら、不機嫌そうにこみかみを指で押し当てながら、静かに口を開いた社長が、地鳴りのようなトーンで言葉を繋ぐ。
「わが社の経営状態が、『すこぶる良くない』のは……、入社三年目で、しかもバカのお前にも……、わかるよな?」
「……ええ、そらぁ……、社運を懸けてリリースした『スマホアプリゲーム』が『大ゴケ』したんで、そうなるんじゃないですか……、っていうか、最後の『バカ』いらなくないっすか」
「そう、ゲーム開発というのには一にも二にも『金が掛かる』。人件費、広告費、サーバー維持費……、その上、何億もかけて打ったバクチに失敗でもしようもんなら……、嵐の海を泥船で出航してしまったようなものだ。いつ沈んでも、おかしくはない」
「……はぁっ、泥船ですか……」
「……ピンときていないようだな。もっとわかりやすく言おうか? ……このままだと、わが社は、『倒産』する」
「――ッ!」
眼前に突き付けられた二文字が、俺の足元をエアホッケーの円盤と共にすっとばす。
――フワフワと、心が落ち着かない。
――ギュっと、後ろから首根っこを掴まれたような浮遊感が、俺を襲った。
「……先の失敗により、多くの社員がわが社から去ってしまった。 ……沈み行く泥船から逃げ出す仲間を引き留める気は、俺にはない。ただし、残ってくれた船員を食わしていく義務が、船長の俺にはあるのだ。 ……泥船を、『造りなおして』な……」
眉間にシワを八本くらい寄せている社長の口角が……
――ニヤッ、と、
「……社長、もしかして、カッコつけました?」
「――ブッ殺すぞ、……まぁ、いい。ともかく、泥船を造りなおすには『金』が要る。お前、ゲーム会社が『金』を産み出す唯一の方法、なんだと思う?」
「……そりゃあ、『ヒットタイトル』を生むことじゃないですか?」
――ヒットタイトル。
俺の口からその言葉が飛び出すのと同時に、社長の目玉が、悪魔のようにギョロリと見開かれる。
「――そうだ! お前はバカだが、地の底の地球の底の地獄の底まではバカじゃなかったようだな!」
コツコツコツ……、と、『魔王』のような振る舞いで、『覇王』のようなオーラを放って、『社長』がゆるりと、俺にに近づく。喉仏をギュウッと誰かに絞られているみたいに、俺の口からか細い声が漏れ出た。
「……な、何スカ…………?」
「…………お前はバカだが、『泥船』に残った唯一の『企画屋』……、我が社の唯一の『ゲームプランナー』だ」
――ポンッ、と、社長が、俺の右肩に手を置いた。
――ギュウッ、と握りこまれたその掌が、俺の肩甲骨の内側に食い込む。
……嫌な、予感がする……、っていうか、嫌な予感しか、しない――
「――『桝田 大介』……、貴様に、『緊急ミッション』を与える……、今から『半年以内にヒットタイトルを作れ』。そのための企画を、『三日以内で仕上げろ』」
――はぁっ!?
「――はぁっ!?」
俺の心の叫びと、
俺の魂の叫びが、
ほぼ同時に、喉から勝手に漏れ出た。
「――ムリムリ、ムリっすよ!! ライトな『カジュアルゲーム』じゃいざしらず……、イマドキ、たった『半年』でゲーム開発するなんて……、しかも、『三日で企画』?? ……いやいや、アイディアゼロの状態からどうしろってん――」
「――『やれるかどうか』は聞いていない、『やれ』と言っている……。お前はバカだが、耳まで悪いのか?」
――有無を言わさんとする、魔王の威圧、
獲物を射止めんとする、コブラの眼光――
ナイフを突きつけられたように、俺の口から、ピタリと言葉が止まる。
ギョロリと見開かれていた目玉がスッと細まり、氷のように冷たい社長の目が、ジッと俺の目を見据えていた。
「今から三日……、いつでも構わん。何度だって構わん。形式はなんでもいいから――、俺のことを納得させる……、『売れるゲーム』の企画を持って来い……、話は、以上だ――」
――スッ、と、俺の肩からようやく手を離した社長が、クルッと後ろを振り向いて、コツコツと神妙な足音を響かせながら、俺から離れる。社長は、役目を終えたNPCキャラクターの如く押し黙り、銅像のように堂々とそびえ立ちながら、無機質に立ち並ぶ高層ビルの風景に再び目を向け始めた。
数分間という時間を以てして、ようやく石化の呪いが解かれた俺は、フラフラとした足取りで、「わかりました」とゾンビのような声を漏らしながら、キィッ、と引き扉を押し開け、『魔王の間』から逃げるように退散する。
――がらんどうの執務室を眺めながら、『萌え一色』で彩られたその空間を見やりながら、閉じられたドアを背にして、俺はヘナヘナとその場にへたりこむ。心の中で、
……どうしろ……、ってんだよ――――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます