【長編】レベル上げが必要なのは、ゲームの世界だけでたくさんだ ―柏木小梅がリセットボタンを押す前に―

音乃色助

プロローグ


 ――ガヤガヤガヤガヤ……

 ――ザワザワザワザワ……

 ――ワイワイワイワイ……


 『怒号』、『絶叫』、『感嘆』、『爆笑』――

 ありとあらゆる感情が、私の耳から耳へと流れていく。目の前の景色が、スクランブル交差点で交錯する人たちを眺めているみたいに、ぐるぐると移り変わる。鉄筋コンクリートで固められたオフィスビルの一室、狭い室内が異様な熱気に包まれているのは、今日が夏真っ盛りの猛暑日だから、ってだけではないだろう。



 「――オイオイオイオイッ!! ……やばい、思ってた百倍のアクセス数だぜ……、こ、このままじゃ、サーバーが落ちやがる――、『台数』増やすぞ! 急げッ――」

 「――ギャーッ! 『ゲームにログイン』できないって、アプリストアへのレビューが早速……、このまま『低評価』が増えると、新規流入に悪影響だわっ! 軍司ぐんじさん、早くなんとかしてぇ~ッ!」

 「……ぐ、ぐぇ……、や、ヤメロ香澄かすみ……、俺の、首を絞めても、サーバー負荷は解決しな――」

 

 香澄さんが、軍司さんの首を絞めながら金切り声をあげている。……台詞とは裏腹に、その声がちょっとだけ嬉しそうに聴こえるのは、気のせいだろうか。


 呆けた表情で、ボーッとみんなの様子を眺めていた私の両肩を、無骨な両掌がガシッと掴む。ハッとなって目の前を見ると、ボサボサの髪の毛で、目の周りに凄いクマを作りながらも、興奮した様子で目をキラキラと輝かせている『大介だいすけ』の顔があった。


 「――オイ、『コウメ』……、なに、しけたツラして、ボーッと突っ立ってんだ……」


 パチパチと瞬きを繰り返している私の眼前、鼻先五センチメートルくらいまで顔を近づけて、大介がニヤッと口角を上げながら、いたずらを思いついた子供みたいに、笑う。


 「お前が――、『俺たち』が作ったゲームを……、今、世界中の人達が、プレイしてるんだぞ……ッ!」


 「……私、たちが、作った…………?」


 バカみたいに大介の言葉をオウム返しする私の全身を、ドクドクと心臓の鼓動が駆け巡る。尻上がりに速まっていく振動音に耐えられなくなった私は、ジーンズの両端を思わずギュっと握った。


 私の顔面にツバをまきちらしながら、なにやら早口でまくし立てている大介の声が、無声映画を見ているみたいに、私の耳には入ってこない。大介の後ろで忙しなく動き回るチームメンバー達の姿が、私の眼の中で、スローモーション再生のようにゆっくりと映し出された。

 


 ――まだ、あの声が聴こえていた時の私――



 半年前……、大介と初めて出会った『あの日』の風景が、頭の奥底から、呼び起こされる――

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