Ⅶ,Herald
「そこら辺空いてますよ」
周囲には皆余程端が嫌いなのか空席がそれこそ売るほどある。わざわざ俺の隣を所望したのは一体…
「知ってますよ。でも私は空席に用が有るわけではありませんので」
そういうと彼女は俺の了承の有無を無視して腰かけた。カレーライスの香ばしい匂いが漂ってくる。
「…俺に何の用ですか。まさか蕎麦を分けてほしいとかそんなんじゃないですよね?」
「まさか。私は蕎麦よりラーメン派です」
…そういう問題ではないだろう。
「まあ、たらたらと無駄話をしに来たわけではないので単刀直入に言いましょう。
『あなたと交渉がしたい』とのことです」
カレーライスにがっつく彼女のその言葉には妙な含みがあった。まるで第三者の言葉を代弁しているかのようなそんな感じが────。
だが、聴くだけ聴いてみるとしよう。
「交渉というのは?」
「そのままの一般的な意味の交渉ですよ。それと身構える必要はありません。私達はあなたが『参加者である』ことを知っています。そして私もその一人です。さらに具体的に言うなれば情報屋。他人の情報を集めてはばら蒔くことしか能がないか弱い乙女、それが私です」
──情報屋。そして、あくまで知っている上での『交渉』。ということはやはりこれは、アルカナ戦争におけるやりとりだ。
人目がつき、それなりに騒然としている場所で呼び掛けてきた。かつ自身が情報屋であるという情報の開示。
俺が
この一回のやりとりだけでこの女子生徒が相当の手練れだと認識させられる。末恐ろしい。
「…そうか。それで、交渉の内容は?」
「話が早くて助かります。ええ、交渉というのは情報交換についてです」
そう言うとその女子生徒は懐から一通の便箋を取り出した。今時珍しいなと思いながら受け取ろうとすると、女子生徒はそれをひょいと躱した。
「言ったでしょう、これは交渉だと。現状、このアルカナ戦争において戦況を左右するのは情報です。私達の場合、本来なら始業式の日の段階である程度の情報が集まっていないといけない。貴方達みたいに初日からスタートダッシュを決め込もうとする人間への対策として。ですが、今年はあまりにもそれが集まらなかった。収集できる情報に限度があるとはいえ、これは異例です。特に、貴方に関する情報は全くといって良いほど存在しなかったのですよ。まるで、
────『鶴城繋人』という人間がこの世界に突然現れたかのように」
「………」
俺は蕎麦を啜りながら彼女の言葉に黙って耳を傾けていた。そして、否定も肯定もしなかった。
「教えてください、貴方の事を。その情報次第ではこれを差し上げても構いませんよ」
彼女はヒラヒラと便箋を翻した。
「そいつの中身が分からないのにこちらがホイホイとくれてやる訳がないだろう?それが情報だというのなら、尚更だ」
「成る程」
彼女は平らげたカレーライスの皿をもう一つの皿の下に敷いて二皿目を口にしようとして、一拍空けるとスプーンを置いた。
「───ではこうしましょう。これは前金として差し上げます。これを読んで明日図書室に来てください。貴方がその情報に値すると思えるだけの情報を私にください。その対価に私の有する情報を一つ『
彼女は手にしていた便箋を俺のトレイの上にのせると再び大きく口を開けてカレーライスを口一杯に頬張った。
「俺はこいつを持ち逃げするかもしれないぞ?」
「ふぇふにふぉひひげひへも──」
「口に物を入れながら話すな」
咀嚼を終わらせた彼女は話を続けた。
「…別に持ち逃げしてくれても構いませんよ?でも、知りたくはありませんか?」
「……何を?」
「───────」
彼女は妖しげな笑みを口に浮かべながら耳元で囁いた。
「お前……どうしてそれを…」
「気に入って頂けたのなら幸いです」
さながら挑発だな。自分から情報を与えるという不利益を被ってもなお優位に立てるだけの質と量を情報をこいつは持っているということだ。それに今後のことも考えてこいつとのコネクションは持っておきたい…。
「まあ、その便箋の中の情報は私達にとっての『とっておき』です。是非検討の程を───」
彼女はいつの間にかカレーライスを平らげていた。唇をナプキンで拭いてリップを塗りトレイを持ち上げて席を立った。
「ああ、そう言えば最後に一つ。孤高を気取るのは結構ですが、この学校では異端者は真っ先に消されかねますのでお気をつけて下さいね」
「…肝に命じておく」
俺はすっかりと冷めてしまった蕎麦を口に流し入れた。
アルカナ戦争 22 冬蜜柑 @syouyusashi
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