第188話

「主上には皇子様を頂く以外にも、大事な御務めがございましょう?あの様に氏素性の定かならぬ女御に、一心に御寵愛されては後宮の示しがつきませぬ。本来ならば、皇太后様がおられれば、主上に直々御叱責頂けるが、何せかのお方様は御いでていない。ならばお付きのそなたが、ご注進致すが役であろう?」


「あー?いやしかしながら……」


「中宮に対する御憤りで、ものをいたぶられたは致し方ないとして、摂政の御方様や左大臣の御方様がおるのだ、どうしてそなたはその方々へのお召しを促さぬ?よいか?余りに低い身分の母を持つ天子に、重臣達が平伏すはずはなかろう?とくとその頭で考えよ」


「……そう申されましても、主上とてものは……」


 伊織は面倒くさくなって、つい今上帝の男のデリケートな部分を、洩らしてしまった。

 シマッタと思った時にはもう遅い。


「はて?如何なる事であるのです?」


 伊織が受け継いだ勘の良さから、突っ込みも早い。


「あーですから……」


 どの道似た者同士……このひとの遺伝子で伊織は聡いのだから、隠そうとしても仕方がない。


「あのお方様は、意にかなう女人おかたでなくば、子授けが致せぬお方でございます」


 包み隠さず告げる。


「は?何を?思い人の中宮がおりながら、そこの女官女房に御乱心であったに……」


「……あの折は、中宮様の御背徳を御悟りになられ、もはややけっぱちで……それでも多少なりとも、中宮に似た処のあるものを……」


「何たる!何たる……」


 母は目頭を押さえて、その乳で御育てしたお方を思って声を震わせた。


「……かの御美しきお方様の、御血であろうか?困ったお方よ……」


 内侍司ないしのつかさ典侍ないしのすけの母は、女官の正装である十二単衣の、五衣の重ねの袖口を目元に持って行って言った。


「……暫くは致し方なかろうが、そなたがくれぐれも、御注進申し上げなされまし。御寵愛はなはだしき女人ものなら尚の事、その御掌に長きに置かれたいならば……後宮は処であるは、そなたも存じておろう?」


 母は伊織の肩に手を置いて、真顔を作って言った。

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