第187話
「伊織……」
殿舎と殿舎を繋げる渡殿で、伊織は
「昨今の主上におかれましては、藤壺の女御様への御寵愛、目に余る物はございませぬか?」
「は?」
伊織はまたまた、母のお小言であると察して蒼ざめる。
ちょっと前迄は、中宮付きの女官女房にお狂い……母の云う処……の今上帝に対して、お側におりながら……と、それは長々とこうして廊や渡殿で出くわせば小言を喰らっていたが、やっとそのお狂いが治まったと思ってホッとし、一応の女御様に御寵愛を注がれておられ、子をなすか否かなど側からは解らないのだから、それはそれは今上帝は御自分のお勤めを、毎夜毎夜勤勉に果たしておられる事になるから、何を言うのか?の伊織である。
「余りにもの御寵愛は、内裏を乱しますぞ」
「……しかしながら、あのお方でございますぞ?中宮様をお忘れ頂き、再びの御寵愛妃を賜られただけでも……」
「何を申すか痴れ者よ!」
出たよ出たよ……。
伊織の顔容が曇る。何時ものこの人の口癖だ。
今上帝の乳母である母は、御誕生直ぐに御母君様が薨られておられる今上帝には、それはそれは甘いのだ。それこそ笑顔で、何だって頷く様な人なのだ。そして問題点を伊織に影で言って、今上帝のフォローをさせる様な人なのだ。
つまり中宮の時も女官女房の時も、お側に伊織が居ながら何たる事をさせるのだ、とクドクドと言う様な人なのだ。
此度、どうにか中宮の問題も解決し、今上帝の御心が藤壺の女御にいき、御寵愛ともなれば過ぎる程のお方であるのは、育てた当人なんだから充分に知っているし、中宮に対する過剰な思いを、お持ちであられたのも承知のくせに、此の期に及んで何を言うかと思えば、今度は一人の女御に固執し過ぎとダメ出しかい?……気分の伊織である。
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