第173話

「そなた、ここを何処と心得る?」


「……禁庭の正殿の釣殿である……あ!」


「あ!ではない。私を釣殿で眠らせたは、そなたが初てであるぞ」


「おおお!それはすまぬ事をした」


「……詫びる前に致す事があろう?」


「はて?」


「……ではない。私が寝所におらねば、大騒ぎとなるぞ」


「おお!そうであるな……」


 碧雅が慌てて身をもたげ様とすると、今上帝のかいなの力がクッと強くなったので、碧雅は再び包まれてしまった。


「今上帝よ……」


「ん?」


「……ん?ではない、その手を離せ……」


「私をこの様な所に寝かせたのだ、このまま寝所に戻らせよ」


「……このままでは、私は屋敷に戻れぬではないか?」


「そのまま今日は私に仕えよ。を、この様な所に寝かせた罰である」


 ウッ……。碧雅はしくじったと後悔した。

 金鱗の銀鱗は、しょっ中金鱗が自慢していた通りの美貌で、そしてかの中宮の様に、それは美しく均整の取れたを保持していた。碧雅が乞うても手に入らないだ。今上帝が拘りそれは大好きなだ。

 それを持つ銀鱗が、それは嫋やかに今上帝に酒を注ぎ、亡き今上帝の母君様の話しをして、今上帝の御心を慰めている……もう!碧雅はそれを見ていると胸が痛くて痛くて……苦しくて苦しくて……痩躯なる我が身が口惜しくて……竜宮城の酒が渇れる事がないのをいいことに、浴びる様に飲んでしまった。あんなに飲んだのは、よわい百年とちょっとの我が身であるが初めての事だ。正体なく酔ったなど、かつて経験した事がないくらい飲んでしまい、二日酔い的な症状すら初めての経験の瑞獣碧雅である。


「致し方ない……痛恨の至りである……」


 碧雅はギュと、抱き包む様にしていた今上帝を抱き締めると、スッと禁庭の大池に突き出した釣殿から姿を消した。

 その瞬間大池の中から、音を立てて金色の魚が高く跳ね上がり、そのまま水面に落ちて行った。

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