恋する瑞獣碧雅

第172話

 温かな体温に身を包まれて、碧雅は重い瞳を開けた。

 昨夜は禁庭の正殿の釣殿で、魚精王の金鱗を誘って竜宮城の酒を、月を肴に飲む事とした。すると金鱗が、物思いの今上帝の為に、酒宴を催してくれるという。

 禁庭の大池では宮中の宴も多く、竜の彫り物やげきという想像上の水鳥の頭を舟首に付けた、竜頭りゅうとう鷁首げきしゅの舟を浮かべて管弦や歌会を楽しんでいたりするから、それにならった夜宴を、今上帝に楽しんでもらいたいと言ってくれた。

 そして赤い月明かりの下で、水面では鮎や岩魚達可憐なる精達の舞い踊りに、水中ではそれは見事な楽が奏された。

 そのとても現世では表現できぬ、幻想的な演出は見事だったが、金鱗や銀鱗の話しの内容が重大過ぎて、それよりも今上帝の御心が、法皇の一言で沈んでいた為に、魚精達の見事なもてなしを堪能する迄はいかなかったが、銀鱗による今上帝の母君様の思い出話しは、沈んだ今上帝の御心を充分慰める結果とはなった。

 碧雅は抱き竦められた格好のまま、白け始めた天を仰ぎ見た。

 真っ赤に輝いていた眉月は、低い位置に恥じ入る様に姿を見せている。


 ……はて?……


 そんな天を見つめて、くるめ込むかいなを触る。


 ……おっ?おおお……


 碧雅は面前で、それは大事に我が身をくるんで眠る今上帝を見つめた。


 ……何たる心境の変化であろう?今上帝が痩躯な我が身を抱いて、眠っておるとは……


 ちょっと頭がクラリとしたりもするが、碧雅はここぞとばかりに今上帝にしがみつく。

 最近覚えた今上帝の温かな体温と、香しい好みの体臭が碧雅の鼻をくすぐって心地良い。


 ……据え膳食わぬは瑞獣の名折れである……


 碧雅はそう考えて身を動かすと


「雛よ……」


 耳元で囁く様に、今上帝が言った。


「はぁ?……気が効かぬヤツであるな……」


「その様な事を悠長に、言うておる場合ではなかろう?」


 今上帝はそれでも、碧雅を腕に包めたまま言った。

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