第165話

「庶民の者ならば未だしも、皇家の者ならば誰しもが知りうる存在だ。かの昔、青龍を抱けし臣下から青龍を奪い、在るべき処に戻した話しは、子々孫々まで語り継がれていく物だからな。陰陽師は判然とした物を持たない。何故なら青龍を見れぬからだ、ただ尊き偉大なる力を保有する、偉大なる存在としか言えなかった。だがその存在は確信していたはずだ、皇家に誕生致す青龍であろうとな……そして法皇も確信していたはずだ。ゆえに法皇は陰陽師に命じたのだ、その怖ろしき物を調伏せよ、と……」


「なに?」


 碧雅が手にしていた瓶子を落とした。

 ドクドクと、有り難い洒落た美味い酒が流れ出たので、慌てて瓶子を立てる。と同時に、突っ伏して御哭きの今上帝が、その面をお上げになられた。


「よいか?曲がりなりにも青龍は神獣だ。高々の者に調伏などできようはずは無い。聡く腕の良い陰陽師は、それをちゃんと理解していた。青龍調伏云々ではなく、その子を始末せよとの命だとな……。青龍はそのお気に入りに仇するものを許さぬ、陰陽師は青龍を抱きし御子様を目掛けて、術を施したと見せかけ我が身に還る様に仕向けた、つまり身を呈して御子様をお守りしたのだ……もしも青龍の力であらば、その家の嫡子に与えられた神の力により、命だけは守る事ができたというに、それでは当時の天子が我が子に対する意識を変えぬ。必ずや命を狙う……だが、陰陽寮にあって陰陽頭おんみょうのかみを頂き、今上帝より信頼を受けし身が適わぬ相手に、二度と害を与え様などという不心得を起こさせぬが為、その陰陽師は我が身を犠牲にして当時の今上帝、つまり現法皇に知らしめたのよ……かの陰陽師の嫡子には、神より与えられし護りの痣が存在するが、それは敵に対してであって、陰陽師自身の術には効かぬものであったのさ……」

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