第164話

「かのお方様はもはや、達観されておいでだったのでございましょう?

 信仰にあついかのお方様は、その青龍すら見えたのやもしれませぬ。そしてあの怖ろしき青龍すらも、そなた様が一部と思し召し、愛されたのでございます」


「お、御母君様……」


 今上帝は突っ伏して号泣される。

 大池では美しい楽が、舞と共に奏されている中……。

 天空に眉月が、より一層の赤みを増して輝いている。

 その赤い光りを浴びて、一頻り今上帝は御哭きになられた。


「……それにしても法皇よ……は余程にが怖いと見える……」


 号泣する今上帝を見つめながら、金鱗は銀鱗と碧雅を見て言った。


「法皇が?如何してだ?」


 手酌で盃をあおっていた碧雅は、盃を下に置いて金鱗を凝視する。


は青龍を抱けぬからな……。仮令皇家の者とはいえど、天子の血といえど、青龍を抱けし者の子といえど、必ず抱けるものではないのが青龍だ。何せ気ままなものゆえ、気に入りのものがおらば、善し悪し又は天意など構い無しだからな、ゆえに天下が大きく揺らぐ……なのにそうした性質たちのまま誕生させるは、それ又天意よ……だが一国の主人又は大望を抱く者ならば、誰しも欲するが青龍だ。ゆえに古よりの言い伝えが遺される」


「龍を抱きし者天下を取る……」


「おうよ。一国一城の主人ならば、欲してやまぬ……だがは抱いておらず、それをが、最愛なるものに宿って悟った。ゆえに恐れた……。よいか?大概が高々の人間には解らぬものだ。ただ近寄り難いとか、畏れ多いとか威圧的とか怖いとか……そういった感覚で感じ取るが普通だ。ゆえにも恐れた……理由も解らずにだ。だが着帯の儀の折に、ある陰陽師によって知らされた。偉大なる大きな物が、最愛なる中宮が宿しており、それは邪悪な物ではなく尊く崇高なものだとな……」

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