第162話

「はて?これは異な事を?」


 銀鱗は瓶子を折敷おしきに置くと、頓狂な声を発して金鱗を見つめた。

 金鱗は釣殿の下で、新しい舞と変わった可憐なる精達を見つめている。

 赤々と輝く月の光は妖艶で、その光りに映し出される夫の顔容も、男の色香を漂わせて見惚れる程だ。


「確かにそなたの青龍は大きく、その分力も大きかろう……今は眠っておるから、その黄金に輝く眼光が見れぬが、その目が開けば私とても恐怖で身が縮む……ならば高々の人間など、そのまなこが閉じておろうとも恐怖であろう……」


 金鱗は盃を飲み干すと、銀鱗が差し出す瓶子を制して、今上帝へその身を向き直った。


「原来青龍は力を欲するが、その宿り主を害さぬものよ。なぜか?その者は多大なる力を、青龍に与える者だからだ。その様な者を、青龍は好むのだ。ゆえにそれ程の者を宿す母を、弱らせる事などあり得ぬ事だ……」


「はっ?しかし……」


 今上帝が顔容を強張らせた。


「そなたの母は、元々弱い体質であったのであろう……だが法皇の愛の深さゆえそなたを授かった。よしんばそなたでなくば、子が誕生致さぬ内に薨るか、子産みにおいて子共々薨っておる……よいか?青龍はよくよく貪欲なものゆえ、その力を欲するが、護る力を持っておる神獣でもある、抱かれし者を護って力を得るのだ。ゆえに青龍がそなたを護り、当然そなたを育む母御を護った。青龍が力を与えたゆえ、そなたは現世ここにおるのだ。母御はそなたを無事誕生させたのだ」


「母御様はそれを、重々ご存知でございましたよ。天はなんと慈悲深い……わたくしに我が子を抱く幸せを下された。最愛なる主上の御子を我が子として御授けくださり、こうして母としての時を下された……なんたる果報者でございましょう……そう言うて、そなた様をお抱きでございました。かのお方様は、それは信心深くございましたから……」


 銀鱗が慈悲深い眼差しを、今上帝に向けて言った。

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