第163話

「かのお方様は、それは儚く美しく……。お躰が弱いからであられたゆえか、とにかく、消え入りそうな程の儚さがおありで……お心は美しく、穏やかで物静かなお方でございました」


 銀鱗は、天に輝く眉月を見つめて語る。


わたくしは長きに渡り、大池ここで禁中を護って参りましたが、あれ程のお方様は存じ上げませぬ。神仏を尊びお心根清らかで、慈愛に満ち池の魚や空飛ぶ鳥や草々の虫に至るまで、慈悲深く愛でられしお方。原来ならば御子様は、お望みになれぬ体質たちでございましたでしょうに、欲深い父御が、当時の天子に差し出したのでございます。すると何人か女御を持っておりました天子は、かのお方にぞっこんとなりましてね……それは当然の事、あれ程に美しく聡く、そしてお心根の美しい女人など、高々の人間に存在するが、稀有でございますもの……ゆえに青龍を惹きつけたのです。そなた様のその体内に流れる、母御様の尊き血が青龍を惹きつけた……それも途方も無い大物を……」


 話し終えて銀鱗が今上帝へ視線を向けると、今上帝は俯いたまま涙を流していた。


「わ、私が母の寿命を、奪ったのではないのですね?私の青龍が……」


「奪うはずはございませぬ……」


 銀鱗が声を張って訴えた。


「そうよ。奪うはずはない。いいか?青龍はそなたに誕生してもらわねば、大好物の力を得られぬ……全力を挙げて母体を護りはすれど、弱らせるはずは無い」


 金鱗が補足を加える。


「そなた様が青龍を抱いておればこそ、かのお方様はそなた様を産みしのちも、乳を与えそのかいなでそなた様を抱かれたのです。ゆえに神仏に感謝の言葉を残されたのです。原来高貴なお方様は、我が子にさほど乳を与えず乳母をあてがいますが、かのお方様はできうる限り乳を御与えでございましたよ……青龍に感謝を与えるが如く……」

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