第157話

「後院より御戻りあそばされてより、ずっと御ふさぎであられる」


 さすがに心配になった伊織は、侍従として近頃では、充分な務めを果たしている雛に溢した。


「おっ?何やら元気が無いと思うたら……何だ?未だに中宮をグチグチと思うておるのか?女々しいヤツである」


 雛は、満面の不愉快を露わにして言った。


「……いや、そうではなくて……」


「はっ?出家した妻を、未だに思うておるのであろう?再び内裏に呼び戻そうと後院に行ったはいいが、とっとと逃げられてあの体とは……実に女々しいヤツである」


 そう言えば、後院に行幸の折に雛は断固として従わなかったが、こういった嫉妬心が存在したからか?

 伊織は、今上帝が御側に居られて目撃されれば、さぞ御満悦な御顔容をされる事だろうと、溜め息を吐く思いで見つめた。

 現在の今上帝には、雛が思いヤキモキとする様な御気持ちは存在しない。

 伊織から見れば、もはや主上は雛に夢中で、他の女人が御心に入る隙など全く無い程だ。

 ゆえに長年愛し続け心身全てを捧げ尽くした、かのお方の非道なる仕打ちすらも、その御心に傷を得る事は無かった。

 無かったが……。思い込むと一途なお方ゆえに、雛を童女ひなとし御心のままに御できになられず、我が身で首を絞めておいでなので、二人の仲はなかなか進展していない。

 雛が真に童女ひななら、このままの関係でも慕い続け、良好な関係といえるのであろうが、何せ雛は年増の女房よりもいろいろを知っている。

 たぶんそれは只知っているだけで、手慣れたものではないから、ありきたりな草子や物語の恋の展開を想像して、ヤキモチを妬いているのだろうが、やはり雛は雛ではある……。

 真のというものをまだ知らない。

 ただいろいろな男女の事を、見たり聞いたりしただけの、頭でっかちの耳年増なのだ。

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