第143話

「解った、中宮に言い渡す……」


 だから今上帝は、伊織の言葉に縋り付いた。

 自分の子ではない証が欲しい。

 捨てるにしても、微かな可能性は残したくはなかった。

 どの道今上帝には、安らぎは生涯無い。

 なぜなら、真実を知る術はないからだ。

 それこそ神仏の域である以上、今上帝には知り得ない事だ。

 このまま誕生し皇子となれば、今上帝は絶対に認める事無くその子を捨てるだろう。自分の子では無い、確信があるのだから。ならば、神仏に縋って今捨てたとして、もしかして……の後悔を残して生涯を生きていかねばならない。どの道今上帝に安らぎは無い。

 この様な状況を、弄して作った中宮を憎悪する。

 だから今上帝は、その事を叩きつける。

 それは決して、子の命を守る為ではない。

 ただ中宮が憎くてするのだ。愛憎がさせるのだ。

 愛した分だけ心が冷たくなり、あのものに思い知らせたいのだ。

 何を?愛していた事を?それとも叶わぬ愛を抱いた事を?

 今の今上帝に、その答えは知る由もない。只愛した分だけの憎しみが、存在するだけだ。



 翌日今上帝は、中宮の弘徽殿へ渡る旨を伝えた。

 中宮はずっと悪夢が続き夜も眠れず、御子様がいる大事な御身でありながら、どんどんやつれて行くばかりだ。

 加持祈祷はさせているが、効き目などあるはずがない。

 一番大事な処を中宮が隠しているのだから、その理由を探れと言っても探れるはずもない。


 その日は、天高く抜ける様に真っ青な空だった。

 瑞獣の碧雅は、その高すぎる青空を見上げて胸騒ぎを覚えた。

 悠々と浮かぶ白雲一つない青空に、とても厭な予感が過って消えない。


「何処へ行くのだ?」


 今上帝を見るなりそう言った。


「中宮の所だ……は悪夢に夜も眠れぬそうな……」


「悪夢?どんな悪夢だ?」


「それを雛が知ってどうする?」


 今上帝が、睨め付ける様に問い返された。

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