第139話

「はあ……」


 今上帝は大きく溜め息を、御吐きになられた。


「主上……お耳に入れたき事柄がございます」


 伊織が大仰に言うものだから、今上帝は物憂げな御表情のまま、視線を向けられた。


「何だ?」


「……ここでは……」


「さようか?ならば中に入るか……」


「女御様には……」


「……もう、支度を整え殿舎に戻っておろう……」


 今上帝はそう言うと、立ち上がって伊織を見下した。

 伊織はおもむろに立ち上がって、今上帝の後に続く。

 今まで今上帝が手をつけた中宮付きの女御は、何処となく中宮に似ている。柔らかくおっとりとした雰囲気や、物腰が優しく物静かな感じ……そうでありながら、芯が強く揺るがない物を持っている気丈さ。

 利発で書にも楽にも長けているのは、法皇が一心に愛情を注いで御教育されたからだ。だから今上帝は、見目麗しいのみだけでなく、惹かれて思い続けられたのだ。そしてかのお方に思いを寄せた者は、今上帝以外にも数多といたと聞いている。

 それらの者達全てを法皇はお気に召さず、我が子の今上帝に差し出した思いは、決してよこしまな処はなかっただろう。

 だが手放して手放せぬ事を知ったのか、それよりも中宮の思いが深かったのか……お二人はしてはならない裏切りを、ずっと続けてしまったのだ。

 そして今回の事は、余りに非道なる事でしか無い事を、お二人は御気づきではない……それが大罪である事を、知らねばならないのに、それすらも知ろうとなさらないのだ。


 女御は、寝所の中には居なかった。

 ここの処のお召しは何時もこうで、そして後朝の文さえお出しになられない。それで済む相手を御選びだ。昨今入内した左大臣の姫などは、お目に御留めの御気持ちすら御なりになられないし、先に御なりの関白の女御様も、久しくお召しになられない。結局名家の姫君様には、到底御できになられない仕打ちをされているという事を、重々御存じでされている事だ。

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