第138話

「主上……」


 中に入った伊織は、唖然として立ち尽くした。


 座したまま身をよじる様になされる、今上帝の袴の紐に雛が手を掛けている。


 ……いや?いやいやいや……


 幾らラブラブ状態とはいえ……。

 さすがの伊織の思考も止まった。


「よくぞ、よくぞ参った……さすが伊織であるな……」


 今上帝は雛から逃れる様に身をもたげて、大慌てで伊織の側へと来られた。

 チッ!と雛が舌打ちした様に聞こえたのは、きっと聞き間違いだ。

 伊織は早々に用件を御伝えすると、今上帝は伊織を促して清涼殿を御出になられた。


「主上?」


「伊織よ……」


 至極真顔を御作りで、伊織を直視される。


「はい……」


「暫くは、雛以外の誰かも侍らそう……」


「何を?かしずいておりました者を退け、雛に見させられたは主上にございます」


「……であるが、このままでは不味い」


「この際でございます。雌になれと言い渡され、思いをお遂げになられては?」


「そなた、私をいたいけな少女を穢す、非道なる天子と致すつもりか?」


 ……いやいや、だからが違うから……


 とっとと言ってしまいたいが、そうはいかないのが宮勤めだ。

 たとえ兄弟の様に育とうとも、互いに心の底でそう思っておろうとも、決してそんな事はあり得ないのが宮中だ。


「しかしながら、雛も充分その気なのでは?」


「あれは幼いゆえ、善し悪しがつかぬのだ……」


「いたいけな少女を妻と致した例は、多々と存在致しますが?」


「……であろうとも、私が正しく指し示さねば……あれは余りに変に……事を知り過ぎておる……実に難儀な事である……」


 その後再び女官が仕える事となったが、雛が全部するので、する事がない女官から愚痴を聞かされたのは、当然ながら伊織であった。

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