第130話

「中宮様は決して、御認めになられるおつもりがないのだな?」


「……かと存じます」


 伊織は朱明を見つめたまま、溜め息を大きく吐いた。

 今上帝には未だ、御子様が存在しない。

 原来ならば、かの方の御性格上女御を持たれずに、中宮様お一人となされておいでであろう。かつてその様に通された、天子が存在するが、当時の中宮は権力を欲しいままにした、あの青龍を抱きし摂政の娘だったからそれが通ったが、今の中宮は先帝の折に手腕を発揮し、先帝に信頼を得ていた関白の娘だが、その関白が他界してしまっている。母は同じ一族ではあるが、さほど勢力のある家系ではない。内侍司ないしのつかさ典侍ないしのすけ尚侍ないしのかみが后妃となる現在では、実質上のトップである。

 そして伊織の母もその典侍の一人であるから、身分的には決して低くはないが、後宮で権力争いをするには、やはり父親の権力が物をいうから、現中宮では中宮お一人の後宮とはいかない。仮令その中宮の後見として、養父の法皇が存在したとしてもだが、今上帝のこの間迄の御寵愛ぶりと法皇の存在があらば、それも可能であろうと伊織は読んでいた。だが今上帝はとうとうその御心から、初恋の君の存在をお捨てになられてしまった。……となれば、中宮様だけがのちの天子を得られる特権は、失くなったと理解していいだろう。

 どんなに思い悩まれても、今上帝が身分の低いものに御手を出しておられたのは、それでもかのお方への思いを捨てきらなかったからだと、伊織は歯痒く思って見ていたのだ。だが今回の件で、本気で今上帝は、かのお方をお捨てになられた。それは断腸の思いで切り捨てるというよりも、新たに心をしめる存在が全てを捨てさせる程に、今上帝を虜としたという事だと伊織は理解していて、その存在こそが瑞獣の雛である事は間違いのない事だ。

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