第125話

 朱明が中門で降りて感心していると、家人らしき者がやって来て、奥へと案内してくれる。

 朱明如きに、有り難い心使いだ。

 広く長い渡殿を歩いて、フッと朱明は思う。

 そういえば以前は、瑞獣様をお連れしての訪問だったが、雲の上の上のお方の屋敷だというだけで緊張が激しくて、大きなお屋敷だった……くらいしか記憶に残っていない。第一あの時に、遥かに雲の上のお方と遭遇したのだ、そちらの方がインパクトが強いから、屋敷の事など吹っ飛んでしまっている。

 さすがの小心者の朱明でも二度目ともなれば、屋敷や見事な庭園を見る余裕などもできている。

 この間同様寝殿の簀子の前で、朱明は膝を折って座して頭を下げた。

 すると中から伊織が、御簾を上げて顔を出す。


「中に入れ……そう家人も言っているだろう?」


「いえ、私は……」


「よいよい。雛の縁者であるからな遠慮を致すな」


「はぁ?」


「今や主上におかれましては、に夢中だ。お陰でかの方の手酷い仕打ちなどお気にもされぬ……助かった……」


「あー?瑞獣様の願いも叶いましたか?」


「それは私には解らぬが、何やらいい雰囲気である……ゆえに中に入れ。主上のご寵愛のものの縁者だ、無下に扱えばお叱りを受ける」


 伊織は気さくにそう言うと、それでも迷う様に立ち上がる朱明を見た。

 中に促され廂に腰を落とそうとすると、なんとその先の母屋にまでお通しくださった。これは朱明程度の身分の者に対して、破格の待遇である。それこそ小心者だから、吃驚して身を縮めてしまう。


「そう緊張致すな」


 下座に用意された円座わろうだに、腰を落とす様に促される。

 その前には酒肴の乗った、足打ち折敷おしきが置かれてある。

 余りの待遇に、慣れていない朱明は恐れを抱いて、座るにしても震えがきたりする。なんて悲しい性分だろうか……。

 きっと正二位が草葉の陰で呆れている事だろう……などと、ちょっと自嘲しないでもないが、どうにか震えながらも円座に座った。

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