第118話

「中宮が悪夢を見ておると?」


 朱明の池に棲まう魚の精王は、釣殿でボンヤリとその事について、思案を巡らせていた朱明を認めて、パシャリと軽快に跳ね上がったかと思うと、ポポンとそれは精悍なる貴族の様な、気品に満ちた男前な姿を現した。

 朱明は魚の精の王という、金鱗が羨ましい。

 魚のくせに精王というだけで気品に満ち溢れ、格好も良く顔もいい。

 実践が苦手の陰陽師でガリ勉タイプの朱明は、人間のくせに精王より身体からして見劣りしてしまうからだ。

 考えてみれば、瑞獣は美しいし精霊も綺麗で格好良いという、それは神様の依怙贔屓が存在しているのかもしれない。

 釣殿に無造作に腰を落とす仕草すら、朱明がいじける程に格好が良い。

 今日の金鱗は、藍色の直衣姿に烏帽子などを被って、たぶんそこら辺の公達よりも貴族ぽいだろう。


「前にも言うたが、我らの大池のもの達は宮中に毒されておってな、妻の銀鱗なども殿上人に夢中なのだ……それこそ今上帝が着ておる、御引直衣とやらを着せかねられん。だがあれは動くのに不便だろう?」


 確かに……。

 御引直衣とは今上帝が召されるもので、御直衣の裾を引かれるもので、貴族達が着る直衣より裾が長いから、いかにも歩きにくそうだ。だがそれは今上帝の普段着……つまり天子様だけが着られる、普段着という朱明の認識である。


「ああ、今上帝の召し物であろう?だが銀鱗の言い分によると、魚の精王の俺ならば、着ても良いという道理らしい」


「あー確かに……」


 道理か?ちょっと疑問ではあるが、言い包められる感もある。


「だが面倒だろう?どう考えたって……我らはなんでも己でできるからな……」


 精王はニヤリと笑って言った。


「ポポンとな……ゆえに今上帝の様に、何から何まで人任せとは致さぬからな、そんな動き難い物は着る物ではない」

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