第116話

「そなたの大好きな、大人の女体ではないのに、后妃となれるのか?」


 雛は今上帝を仰ぎ見て言ったが、その瞳が色を放ち過ぎている。

今上帝はゴクリと唾を飲んで


「私が望めば如何様にもなる」


と言われた。


「……さようであるか?そなたは高々の人間であるのに、凄いものを持っておるな?私の雌雄すら決められるし……女体ではない私を后妃と致せるとは」


「……ならば、そなたを私の雌と致したい」


 今上帝は再び、雛の耳に唇を近付けて囁かれる。


「……だが今上帝。后妃よりこうしておる方が、長く共に居られよう?」


「そうではあるが……」


「ならば暫しこうして、そなたの側に居たい……少しでも長く側に居たい」


 雛がしがみつく様にして甘える姿に、安堵と惜しむ気持ちとが交差する。

 確かにこうして一日中側に置きたいが、それだけでは済まなくなっているのも確かだ……。とは言っても、己の欲で適齢期を迎えぬ雛を、汚すのは忍びなくもある。今上帝は愛し過ぎる雛に、一つの葛藤を持つ様になられた。

 決して踏み込んではならぬを知っている大人の自分と、愛しいものの全てを手に入れたい男の自分とが毎日葛藤を繰り返している。

 ……といって、この純真無垢な雛を、後宮のあの狭い世界に縛り付け、大内裏の政治的なドロドロの欲が流れ込む、内裏の穢れに染めたく無い気持ちも大きい。

 大内裏の欲は内裏での欲と化し、内裏における政治的争いだ。

 雛の言う処の天孫の血を、高々の人間の女の誰が得られるか?誰がその血を受け継ぐ子の母となり、天子の母となり己の意を反映させられるか。延いては一族の意を反映させられるのか、は内裏でしかなし得ない事だ。

 この中津國なかつくには、大地の大神が全ての権限を譲った時から、天孫しか統べる事ができぬ国となった。

 それは太古の昔から、さほどの大国でもないこの国が、決して隣接する大国や他の国に占領を許さなかった事が物語っている。


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