第108話

 翌朝目覚めた中宮は、周りの女房達の喜びを他所に、今上帝が上手く逃れた事を感づき、そして最後の手を使う事を決めた。

 その薬の存在を知っていたという事は、いろいろと想像させる処があるが、それを想像しても全てにおいて胸糞の悪い事だけだ。

 ただ真実として中宮はを使い、そして幾度となく狂おしく求める今上帝を受け入れた。

 それはかつてない程の激しさで求められ、そしてそれが今上帝の真の姿であると、中宮は今でも疑っていない。

 今上帝の心の中では、もはや昔の乙女への思いが消え去り、決して二度と求める事の無い事を、今の彼女は考えが及ばないでいる。

 それ程までに彼女は、今上帝に恋われ慣れてしまっていた。

 年下の可愛い童子は決して何があろうと、自分を捨てきれない自信を持っていたのである。だから彼女は、法皇に溺れ続けられたのだ。どんなに浮気心で他所に行こうと、今上帝は一時は拗ねて自分を遠退けても、最後の最後までは我を通して、自分を拒否する事ができないと知っていたから、最後に求めるものは自分であると信じてやまないから、あれ程の事ができたのである。

 彼女の中では、意固地となった夫の本心を、薬を使ったとしても引き出した、くらいにしか思っていなかったのである。



 二ヶ月も経たぬ内に……。

 今上帝は、覚悟をしていた報告を受けられた。

 体調不良の中宮の懐妊である。

 婚儀してより三年、宮中における慶事であった。

 今上帝は繧繝縁うんげんべりの畳の上に座したまま、軽く脇息の縁を握り締められた。

 それは確実なる長きに渡る、片恋との決別を悟った瞬間であった。

 ついさっきのさっきまで、それでも今上帝はまだ中宮への、微かに残る思いを捨てかねていた。は決して、今上帝や伊織が危惧する理由からではないと思いたかった。思いがあってとは言わぬまでも、せめて我が胤を、望んでの事だと思いたかったのだ。

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