第101話

「だが中宮を選んだからには、腹を括っている……法皇様の出方次第では、私は全て意に従い、を連れて後院に下がる」


「主上!」


 伊織が悲痛な声を絞り出した。


「そなたが申した通り、かのお方は、幼い私が恋い焦がれたお方であった……現在いまの私ではない……もはや現在いまの私は、雛に惹かれている。まさかこの様な時がこの私に訪れるとは、思いもよらぬ事であった……」


 今上帝は伊織に語りながら、重い体を引きずる。

 それでもには居たくなかった。

 かのお方への思いと共に、から逃げ出した。

 今上帝はかのお方と共に、全てのものとの決別を望んだ。

 長年恋い焦がれ、思い続けた結果が理解できたのだ。

 決してかのお方の心は、今上帝には無い事を思い知ったのである。


 ……なんとも非情なるお方である……


 長年仕える主人の背後を見ながら、伊織は恨み言の様に繰り返す。

 これ程までに長の年月を、これ程までに慕い続けた者を、これ程までに叩きのめす事を厭われないとは……。

 女人は怖い、否、かのお方が怖いのか……。

 ただ伊織の中で唯一の慰めとなったのは、今上帝の一言、雛への思いを口にされた事だ。

 この非情なる仕打ちを受けても、心が他所にあったならば救われる。

 たぶん伊織が懸念する程の、御痛みは感じておられないであろう事だけが救いであった。

 今上帝は御寝所に御戻りになられると、そのまま御休みになられた。

 伊織は朝まで廂に侍って、中宮様のなされ様に涙を流した。

 朝今上帝は普通に起きられ、普通に過ごされた。

 お側には不貞腐れた雛が侍ったが、今上帝はそんな雛の姿ですら、側に置いて嬉しそうだ。


「昨夜はさぞ、お楽しみであったのであろう?」


 雛はあからさまに言うが、そんな言葉すら今の今上帝には嬉しいらしい。

 一段と優しい視線を、送っておられる。

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