第100話

「今上帝、そなたは阿呆者よ!」


 雛は泣き声を残して時を戻した。


 今上帝が妻の衣の紐を解く。

 微かな甘い声が衣擦れと共に響いた。



 幾時が経ったのか。

 今上帝は重い体躯を引きずる様に、弘徽殿を後にした。

 廂には物思いの伊織が座して待っていたが、今上帝の様子を認めると、慌てて側に寄って体を支えた。


「如何なさいました?」


「何やら盛られたやもしれぬ」


「……まさか?その様な……」


「いや……どうにも治らぬ程に体が熱くなった……」


「いや、しかし……その様な事は……」


「無くはあるまい?」


「……確かに古より、聞き及びは致しますが……」


「……そうではない。子をなす為に、使う事もあったであろう?」


「やっ、それは……」


 伊織は言い淀んだ。それこそ聞いた事はある……くらいだ。

 確かに古より続く天孫の血筋を絶やさぬ為に、その様な事が行われた事もあるという話しは聞くが、それこそ面白半分揶揄を含めて言われている、下世話な話しだと思っている。


「しかしながら……」


「そこまで致すは、一つしかあるまい」


「はっ?」


「……そういう事だろう?」


「お解りならば……」


 今上帝は顔容を歪めて、苦しげに伊織を見た。


「……雛が参った。の声を聞いてはもはや抗えぬ……」


「ならば、何故雛にお逃げなさりませぬ?」


 すると今上帝は、伊織を呆れた様に見つめた。


「雛は雛だ」


「何を?は年頃でございます」


「いや、雛は雛だ。人間で言うなれば童女だ。そなたは天子の私に、童女を甚振れと?その様な非道を致せと申すか?」


「しかしながら……」


「私はが可愛い。愛しくて堪らぬ……しかしながら、が年頃になるには、あと百年はかかるそうだ……残念ながら私はを妻にはできぬ……できぬが手放したくはない……だが非道にもなれぬ……」

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