第99話

 ……あの頃の淡い恋心を、再び望んでおいでか……


 今上帝は上座に座ると、菓子を取り分けて差し出す、白魚の様な細い指を認めた。

 かつて、恋い焦がれた顔容がそこにある。

 だが昨夜の様な、淡い気持ちは起こらない。

 今上帝は菓子を取ると、一口齧った。すると中宮が、フッと口元を緩めた。


「婚儀の後の、初夜の儀の事を思い出しました」


 今上帝が注視すると、嫋やかな躰が衣擦れと共に動いた。


「主上は白餅を至極御緊張なされて、齧られて御いでてございました」


 そして、今上帝の手に持つ菓子を指に挟んだ。


「私はもう、可愛らしゅうて愛らしゅうて……見惚れてしまいました……」


 微かにしなを作って、齧りかけの菓子を今上帝の口に運ぶから、今上帝は促されるままに菓子を口に入れた。

 そのまま中宮は今上帝にしな垂れた。

 昨夜同様の芳香が今上帝を捕えた。

 中宮の髪の香りと、衣に炊き込められた香の香りが、今上帝を高揚させていく。


「中宮?」


「貴方様は、お変わりになりましたのね?驚く程に大人になられ、逞しくなられ……そして天子となられ私を妻となされました……」


「中宮……」


 何ともいえない艶を帯びて、中宮は今上帝を誘う。その様子が堪らなく、今上帝を昂らせる。

 こんな事今迄に無い事だ……。かのお方が中宮が、その様に誘う事などあり得ない……あり得ないが、それはとても心地良くて、蕩けてしまいそうなくらいに心地良くて、今上帝は早く二人で蕩けてしまいたい衝動に駆られていく。

 妻の髪に顔を埋め、そのまま白く浮かび上がる頸に唇を付けた。


「今上帝!」


 瞬間時が止まり、雛の声が聞こえる。


「雛よ時を戻せ」


 今上帝は、妻の頸に唇を付けたまま言った。


く時を戻して、そなたはね」


 今上帝は、妻の衣の紐に手を掛けて言った。


「大人のをその目で見たいか!」

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