第97話

「昨夜も行かれたのですね?」


伊織は女房が下がった事を確認すると、今上帝を凝視する。


「ああ……月の輝きに誘われてついな……」


「さようにございますか?悔いる事がございませぬ様に……」


その言葉に、今上帝の片眉が動く。


「はっ、今上帝は中宮と、ねんごろとしておった……」


間髪入れずに雛がチクる。


「主上……」


伊織は、今上帝の御前に膝を進めた。


「昨夜は……おかしかったのだ……そなたを帰したを悔いた……」


そのお言葉とご様子で、今上帝の事となると勘が鋭い伊織は直ぐに理解した。

つまりは、雛を盗られた感に苛まれて、居ても立っても居られなくて、中宮の誘いにのってしまったという事だろう。否、中宮の策にハマった感がある。


「……して大事は?」


「雛が竜宮城の酒を持参して参ったゆえ、大事にならなんだ」


「ふん。その気充分であったろう?」


又々不機嫌な雛は、ここぞとばかりに伊織にチクる。


「……ならば今宵は……」


伊織は、心配で堪らないという風に言った。


「今宵は大事なかろう?」


今上帝はすこぶる上機嫌で、真逆の雛を見つめて言われる。


「さようかと存じますが……」


「それに昨日の今日で……」


言いかけて、益々の雛の顔付きの変化に嬉しそうにする。

それを察した伊織は、大きな嘆息を吐いた。


……何とも困ったお方だ……


今上帝が嬉しそうにするものだから、雛は不機嫌を隠す事もせずに、清涼殿の昼御座ひのおましを、物凄い勢いで出て行ってしまった。


「伊織雛は如何して、あの様に出て行ったのだ?」


……とかニマニマと、それは嬉しそうに呟かられる。


「主上……御嬉しそうですよ……」


「何がだ?今宵中宮の元に行くが、嬉しいわけではないぞ」


……何と解っておいでのくせに……


伊織は、再び大きなため息を吐いた。

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