第96話

 昼餉が済んで暫くしてから、中宮から文が届けられた。

 朝方今上帝から後朝きぬぎぬの文が届けられたのであるから、いつも不安げに文を持参した女房は、自信に満ちた表情で雛にその文を手渡した。

 無論今上帝は雛から文を受け取り、遠くの女房の姿を一瞥して、文に目を落とした。


「昨夜は久方ぶりに、琴と笛を合わせたからな……懐かしさが蘇ったのであろう……」


 心配して視線を送る、伊織を見つめて言った。


「もっと昔語りがしたいそうだ……」


 言われた瞬間に、今上帝が不敵な笑みを浮かべられた。

 見ると雛が、満面に不満の表情を浮かべている。それをご覧になられて、過去に見たこともない程の、御満悦の笑みを御浮かべになられたのだ、と伊織は納得した。

 文を手にした時点では、何時もと変わらずの不快な面持ちを作られていたが、一瞬にして変えられるとは……。

 今上帝は、とにかく雛が可愛くて仕方がないご様子だ。

 それゆえに、揶揄ったりちょっといじめてみたくおなりの様だ。

 まるで童子が好意を寄せる、童女にする行為と同等である。

 余りにその大人げないご様子に、伊織は呆気に取られてしまう程だが、何せ年上のかの方にしか、思いをお寄せなられた事がおなりにならないから、憧憬の念で思い続ける事しか術を知らず、今頃になってこの様な御行為をなさるとは……。

 かなりのため息の伊織である。


「今宵もお伺い致すと告げよ」


 案の定、雛の表情を見つめてかなりの御満悦である。


「伝えよ」


 ムッとして立ち尽くす雛に、と言われる。

 雛は物凄い仏頂面で女房の元に行き


「聞こえていただろう?………だそうだ」


 と大声で言った。

 さすがの女房も、呆れて開いた口が塞がらない。


「中宮様もお待ちであろう?下がってお伝え致せ」


 伊織が見兼ねて、女房の側に寄って言葉をかけると、女房はハッと我に返って慌てて下がって行った。


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