第94話
時を忘れて合奏を楽しんでいたが、雛は琴を弾く手を止めて今上帝を見つめた。
「そろそろ時刻だ。そなた露わな姿で中宮の隣に横になれ」
言葉を解せずに、今上帝が佇んでいると
「誘われたのだ、のってやらねばなるまい?」
と笑顔を向ける。
耳年増とは言っていたが、何たる雛であろう……今上帝は、眉間を寄せずにはいられない。そのまま寝所の御帳台の中を覗いた。
すると中宮が、しどけない姿で寝ている。
「そなたいくら耳年増と申しても……」
未婚の乙女が……と言いそうになって
「雛のくせに……」
と言う。
そうだ雛は鸞の雛なのだ。未だ未だ嘴の黄色い雛なのだと、今上帝は自分に言い聞かせる。
「ふん。その辺は未経験ながら聡いのだ。いろいろな草子を読んでおるからな。それと以前も申したが、お母君様からもかなりご教授頂いておる……」
雛の鼻が、天狗の様に伸びている様に見えて来る。
「分かった……で、何時であるのだ?」
「白々と明けてまいる頃である」
「ならば寝所に戻ると致す」
今上帝が、寝所の御帳台を後に歩き出した。
「……そうか?おっ!そなた、しどけない中宮の横になるは……」
雛は雛のくせに、それこそあらぬ大人の想像をして、意味ありに言ったので、今上帝は呆れ果てて見つめた。
「おうよ。あらぬ事をしでかしそうだ!」
と言い放った。
「……何もさほどに言わずとも……自信がないのならば、そなたも眠らせてやるものを……」
「ああ……よい。私が寝所に戻ったら、時を動かせ……」
今上帝は清涼殿に戻りながら、後に続く雛に言い渡し手にしている瓶子を見て、グビッと一口口に付けて飲んだ。
「これはそなたが持っておれ。月を肴にまた飲もう……」
そう言って雛に、無造作に付き渡した。
今上帝が寝所に戻ると、時が動いた。
全ての人間が一瞬怪訝に感じたが、それは直ぐになくなった。
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