第93話

「その次兄君様がご誕生の時に、余りに青月が美しく輝いておったゆえ、我がお母君様はお父君様に言って、蒼輝と名を付けて頂いたそうだ。鸞の羽は青いからな……青龍を抱けずとも、鸞を抱ける天子という意味だそうだ。そして名実共に次兄君様は、鸞の皇子で神である長兄君様を抱かれ、聖天子としての名を残されたのだ」


 雛はジッと神妙に聞き入る、今上帝の顔を見て笑った。


「その様に深刻な話ではないだろう?」


 そう言うと琴を奏でて、今上帝を吃驚させる。


「私も琴が弾けるのだ」


 凄いだろうと言わんばかりだ。


「次兄君様が、いろいろと教えてくだされた。長兄君様は今生に生きられたが、とにかく生まれた時から神であるからな、人間とは隔てて御育ちであったが、それでもいろいろとおできになられる。原来神とか瑞獣とかは、チョチョイっとできるからな、こんな面倒な事はしないものだが、お父君様と次兄君様が好まれるゆえ、よく共に奏されておいでなので、周りのものも皆真似る様になった」


 雛の弾く琴の音は、かのお方中宮とは全く違う音色を奏でる。

 温かくそしてなんとも、心を弾ませる弾き方だ。

 たぶん今生においてせんの天子であった、次兄君様が最愛なるお方に弾いて聴かされた音色だろう。愛するお方と通じ合う心ゆえに、奏でられる音色だ。

 ただただ純真無垢なる音色で、決して中宮や今上帝には弾く事のできない音色だ。

 今上帝はそう思って聴いていると、フッと目頭が熱くなるのを覚えた。

 だが雛は、優しく惹きつける瞳を向けて微笑んだ。そしてその顔容を見た瞬間、今上帝は何かがこみ上げた。

 そして御直衣の懐より、笛を取り出して吹いた。


「そなた笛を吹けるのか?」


「そなたのお兄君様同様、なんでも弾ける」


 すると雛は、今宵の青月よりも美しい笑顔を向けた。

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