第92話

「今上帝よ。恋という物は実に恐ろしいぞ、あれ程に全てをこなされ、神である長兄君様であるが、次兄君様の事となるとからきしである。もう惚けておられるからな……。しかしながら、次兄君様が今生を生きられた折には、恋するお次兄君様を独占できなかったからな、その反動であるやもしれぬ……実に恐ろしいものよ。雛の私ですら呆れる程のゾッコンぶりである」


「しかしかのお方は、中宮一途なお方であられたとか聞いておるぞ」


「おうよ。青龍を抱ける御子を得る為、今生では中宮と分け合うたのだ」


「分け合う?」


「中宮は後宮でしか生きられぬ。ゆえに後宮が全てである。長兄君様は後宮では、次兄君様を中宮に全て与えたのだ……結果的に次兄君様が生涯愛おしんだ女人は、中宮一人であったわけである。ゆえに次兄君様は愛妻家なのだ。だが真実まことに御心にあったは、朱兄君様である。だが今生において、次兄君様が思った女人が誰であったか、それだけを知らしめればそれでよい事である」


「つまりは子をなす為に、かのお方は中宮を愛おしんだという事か?」


「……そうとも言えるが、次兄君様は中宮しか女人を愛さなかったのだ。同じ境遇である中宮には情はおありだった。ただその形が、長兄君様に対するものとは違ったが、そんな事は今生ではどうでもよい事だ。今生では次兄君様はただ一人の女人を愛し、その者に子を授け皇家を守った。それが真実である」


 今上帝は神妙に話しを聞きながら、瓶子に口をつける。

 実に口当たりが良く、そしていつまでも無くならない。


「今上帝よ。天子とはその時々に、果たさねばならぬ役を得て誕生する。それゆえにその勤めを果たす事を務めねばならぬ……私は次兄君様からそう聞いている。そなたも次兄君様を聖天子と思うならば、その事だけは忘れずにおれ」


 雛はそれは真顔を作って、今上帝に言った。

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