第91話

「そなた、中宮を心底思うておるのだなぁ……」


 雛は琴を見ながら、しみじみと言った。

 たった今し方己の心の動きを悟り始めた今上帝が、その質問に即答できるはずは無い。ただ凝視する術しか持てない。

 幼い頃から、恋い焦がれたのはただ一人だ。

 かの君中宮しか知らない。

 だがかの君は、まだまだ幼さの残る今上帝を、男として見てはくれなかった。

 決して冷たいわけではないし、まして避けたりつれなくされるわけでもないが、思いが募れば相互における違いが分かる。

 今上帝が熱くなる程に、中宮の躰の温度の違いが分かった。

 そしてそれが躰だけではなく、心の違い……思いの違いであると理解するのに、そんなに時間は必要なかった。

 だが夫婦となり側に寄り添えば、自然と通じあえると信じていたが、それが叶わなかった事を知った。

 それもかなりの事実として知った。

 それは決して、嫉妬とか疑心暗鬼とか、妄想ではない現実だ。

 幾度となく重ねあった躰が虚しくなって、一方的な思いが変わりない事を悟った。たぶんずっと……決して自分が追い求めるは、自分に心を与えてはくれない。

 愛情が深い程憎しみが増す。

 愛憎という形のものしか、中宮に今は向ける事ができなくなっている。


「それはどうかなぁ……」


 今上帝も、琴を見つめて酒を飲む。


「……まぁよい……しかし今宵は酒を飲む事と致したのだ……」


 雛は青月に目を向けると


「知っておるか?私の次兄あに君様は、満月の青月にご誕生なされたのだぞ」


と、今上帝を見つめて言った。


「そなたの次兄君様とは、かの聖天子のお方であろう?」


「はて?そうなのか?……実に功績を多々と残されたとは聞いておる……まっ、そう惚気るのは長兄君様の朱兄君様なのだがな……」


 雛は今上帝を、食い入る様に見つめて溜息を吐いた。

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