第90話

「神々は、縁りのあるもの達を使うが、我が大神様は、その様な事を考えられぬお方ゆえ、お気に召したものをお使いになる。簡単に言えば、大神様程になられれば、何でも使っていいわけだ。ゆえに瑞獣だろが神使だろうが使われるのだ。それが我らとて誇りである」


「ほう?その孤族の酒と、どちらが美味いのだ?」


「……それは好みであろう?私は初めて竜宮城の酒を頂いたが、洒落た味わいであるが、孤族の酒の方が好みだ」


 雛はそう言いながら、今上帝から瓶子を取り上げると、再び酒を口に注ぎ入れた。


「我が長兄あに君様に仕えるものは、孤族の眷属神ゆえに、私は幼い頃より飲んでおるからな」


 今上帝に瓶子を渡すと、口元を手で拭って笑った。

 その笑顔の可愛さに、今上帝は今宵の己の心の憂さが、この雛の行動によるものであったと理解した。

 出会った時から惹かれる容姿は、会話をする毎に今上帝を惹きつける。

 そして、今上帝によって雌雄を決める、今上帝の為に育てられた、という衝撃的な発言に意識をしないはずは無く、たぶん出会った時にすでに、今上帝は雛を意識していた。

 己の為に育ち、己の為に此処に存在するものと……。

 ところが、竜宮城の酒を月を肴に、陰陽寮の陰陽師と魚の精王と飲むのをそれは楽しみとされ、今上帝の不快なる思いなど知ろうともせずに、さっさと早退迄されてしまった。

 そのやり場の無い憤りを、今上帝ですら理解ができなかったが、今こうして自分を思い、竜宮城の酒を飲み仲間達を置き去りにして、届けに来た雛を見た瞬間に、数日前から心中を掻き乱していた何かが、フッとその笑顔と共に消えてしまった。


 ……もはや囚われておるのか……


 今上帝は初めて感じる思いに動揺する。

 幼き頃より思い続けてきた女人しか、今上帝は己の思いが動く事を知らないからだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る