第89話

 弘徽殿の廂に、腰を落として月を見る。

 弘徽殿の西廂は、細殿といって女房達の局となっていて、簀子が無いので遣り戸から入れる構造になっている為、清涼殿に向かう男官人との出会いの場として、物語に使われる事も多い。

 そことは反対側の廂に、先程中宮と琴と笛を合わせた廂に雛は腰を落として、煌々と光る月明かりに照らされた顔を向けて、今上帝が見るからに派手と思った瓶子を差し出した。


「ここら辺の者達は、全て寝かせたからな……」


 雛が座して振り向くその姿を、後から出て来た今上帝が見つめる。


「盃を持って来なんだから、そのまま飲め」


 そう言うと、雛は立ち上がって瓶子を渡し、そしてそのまま奥に向かった。


「口をつけてみよ、美味いぞ」


 今上帝はどう見たところで、悪趣味な程に派手な色合いの瓶子を見つめた。


「!!!」


 だが口に含む酒は、今までに口にした事も無い程の美味さだった。

 今上帝は、瓶子の色合いの不味さを忘れて、再び瓶子に口をつけてその美味なる酒を楽しんだ。

 青月が美しい。先程の感情は、この月の所為だろうか?

 グビグビと喉越しの良い酒は、渇いた今上帝の喉を潤していく。


「おっ?飲んでおるな?どうだ美味いだろう?」


「ああ……」


 今上帝は和かな雛の笑顔に、思わず同調の笑顔を作った。


「……であろう?ゆえにどうしてもそなたに、早う飲ませてやりたくなった。竜宮城の酒は実に美味いと評判だ。……だが、一番の酒は、孤族秘伝の酒である」


「孤族?」


 再び瓶子に口をつけて、今上帝は雛に聞く。


「おう。眷属の中でも、孤族は由緒ある一族だ。神の使者たる眷属は大概が、神に縁りを持つものがお仕えするが、そのもの達は個々の種族で秘伝の酒をこさえるのだ。その中で孤族の酒が一番なのだ」


 雛は得意満面で語る。

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