第88話

「このまましたいのであらば申せ、直ぐに時を戻してやる。だが、本意で無くば早々に出て参れ」


 雛は嫌悪感を、めいっぱい浮かべて言い放つ。

 第一二度目であるから、金鱗と酒を飲んでいろいろと話し込んでいなければ、さっさと成り行きを理解して立ち去っているが、諸々の今上帝の複雑な思いを聞いたばかりなので、一応声をかけている。

 今上帝は少しバツの悪そうな表情を浮かべて、浜床はまゆかの漆喰のある御帳台から姿を現した。


「い、如何致したのだ?陰陽師と魚の精と、青月を肴に竜宮城の酒を、堪能致しておるのではなかったか?」


「おうよ。堪能致しておったが、急にそなたに約束の酒を届けたいと思うて、こうして飛んで参ったに、そなたは恋しいお方とであったか?」


「た、楽しんでおったが……」


「……さようか?犬も食わぬ事を致したな……」


「犬も食わぬ?それは違うであろう?」


「はっ?違うのか?」


 物凄ーく嫌悪感を露わにしながらも、お決まりの様に間抜ける。

 その可愛いらしさに、今上帝は思わず吹き出してしまった。


「いや。礼を言う……。そなたの言う通り本意では無い。確かに違う。だが今宵は何故か迷うてしまった……そう、迷うたのだ……」


 今上帝は雛に言いながら、己に言い聞かせている。

 確かに、今宵の自分はおかしいのだ。


「さようか?ならば良い。ほれ竜宮城の酒である。青月を肴に飲もう」


「……さほど飲まずに参ったか?」


 今上帝は今宵の憂さが、晴れる様な気分となって言った。


「おう。さほどは飲んではおらぬ……これに五杯くらいか?六杯か?コヤツは優れ物であるからな、幾ら飲んでも無くならぬのだ。海の水の如しである」


 雛がなんだか少し、派手な色合いの瓶子を見せて言った。

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