今上帝の想い

第84話

 今上帝は、何時もなら遅くまで側にかしずく雛が居ないので、何とも物足りなくつまらなく思っている。

 それも陰陽寮の陰陽師と、遭った事もない得体の知れぬ魚の精の王と、青月を肴に酒を飲むのだという。

 なんと竜宮城からの差し入れの酒だといって、雛はそれは嬉しそうに、今上帝にはべる大役を投げ出して、そそくさと早退してしまった。


 ……何たる事だろう……


 と、何故か怒りが込み上げて来る。

 それを幼い頃からの付き合いの伊織が察して、今日は遅くまで残ると申し出たので、今上帝は平静を装って伊織をさっさと帰宅させてしまった。

 当然の様に蔵人も女官も、雛を置く様になってから側に置かないから、強がって下がらせている。

 ……だが、やはり伊織を残しておけばよかったと、長い夜を思って後悔した。


「はぁ……」


 今上帝は幾度目かの嘆息を、脇息にもたれて吐いている。

 すると寝所のある清涼殿の外で


「月が綺麗」


 と言う女房達の声を遠くに聞いた。


「満月ではないのに凄く綺麗」


 だとか


「昼間は曇りだったのに……」


 とか言い合っている。

 それも微かに聞こえて来る感じだ。


「……そう言えば、奴らが楽しみと致しておるから、今宵の月は綺麗だと雛が申しておったな……」


 暇を持て余しているものだから、ついつい月を見にご寝所を出て、孫廂から月を眺めやった。

 月は満月には欠けているものの、その青みを帯びた輝く光が美しい。

 煌々と輝いて、清涼殿の東庭を明るく照らしている。

 ……この月を、ホロ酔い加減の雛が、その潤んだ瞳で眺めていると思うと、今上帝は不思議な感覚に苛まれるのを禁じ得ない。


「主上様……琴の音が……」


 知らぬ内に、簀子の端に侍って居た女官が言った。


「琴の音?」


 今上帝は不振に思いながらも、御耳をそばだてられる。


「……そういえば……」


 青月に輝く宵の空に、微かに聴こえる琴の音に今上帝は酔いしれる様に聞き入られた。


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