第79話

「お前の次兄あには、摂政に政権を握られて育った。それはこの国のしきたり上、致し方ない事ではあったが、それよりも摂政が青龍を抱ける人間であったゆえ、それは長く続く兆しが見えた。それを今一歩の処で止めたは、次兄とお妃様そして朱の力の賜物よ……。では法皇が譲位したのは、真実、今上帝の母が身罷ったゆえだ。本気で妻の御魂を供養するが為に出家したが、死んだ者への思慕は募れど、それだけでは生きては行けぬが人間だ。後院に退いてから寵愛した女御は、どことのう今上帝の母に似ているそうな。そして中宮はかつての関白の娘だが、今上帝の母は関白の妹だ。……実に怖ろしきは、そなたの次兄あにの血筋よ……最愛なる亡き妻に酷似する中宮に、その姿を映して溺れるは、あの血筋ならあり得る事よ。そして法皇はここへ来て、自分のしくじりに気がついた」


 金鱗は凝視して、視線を逸らせない碧雅に言う。


は権力を手放せなくなったのよ。当初は真剣に妻の供養に明け暮れたが、時が経ち気持ちが落ち着けば、周りが見えて来る。気がつけば、信頼し出家致した関白が死に、その後に置いた息子を摂政が陥れ、その家系を凋落させた……ゆえに法皇が今上帝の後見を致すは、当然の成り行きであった。摂政家には、法皇が任せらる程の人物が、いなかったのだからな。つまり法皇に権力が集中したわけだ。だがここに来て実権は、大人となった今上帝の物と致さねばならない。そうした時に、その思いをはっきりと知ったのだ。早くに手離し過ぎた、権力への未練をな……」


「ゆえに中宮を?」


「いや……それは違う。心底思えばこそ、一旦は今上帝に譲ったのだろう……どの道法皇の方が早く逝くからな。それができなかったは、中宮の方だろう……まだ今上帝は、今ほど逞しくはなかったからかな」

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