第74話

「美しい女人に、興をそそられぬものはおらん」


「ふん。浅ましい限りよ」


 雛が多少不機嫌を醸し出す。


「とにかく今宵は青月で、それは明るい宵である。楽しみと致しておるゆえ早々に退出致すぞ」


 双髻そうけいをチョイと弄って、可愛い顔を向ける。

 たぶん無意識なのだろうが、らんという瑞獣は罪作りな生き物である。

 これで容姿がさほどでなければ、惹きつけられる事は無いだろうが、まばゆいばかりに美しいのだから罪作りだ。

 そしてその惹きつける所作を、無意識に心得ているから質が悪い。

 一瞬にして惹きつけられてしまう。魅力というのだろうか、魔力というのだろうか……。

 それに雛は、未だ未だ嘴が黄色いと思い込んでいるから、無頓着だから困りものだ。その気無しに惹きつけるのだ。

 一瞬釘付けとなっていた今上帝が


「ああ解った。勝手に致せ」


 と突き放して言われるのも、解ると言うものだ。


「……そうだ今上帝、そなたにも持って来てやるぞ」


「はっ?何をだ?」


「竜宮城の酒だ。彼処のは洗礼された、洒落た味だと評判なのだ」


「あーなるほど?そなたが、目当てであったか?」


「はっ?他に何があると言うのだ?……まぁよい、楽しみと致しておれよ」


 今上帝のご様子が、頗る上機嫌と変わられた。

 雛の一挙一動が、ご自分の感情を浮き沈みさせておいでの事を、果たしてご存知なのだろうか。

 岡目八目の伊織は、思わず考えてしまう。

 今上帝のは、一目瞭然だからであるからだ。

 それが瑞獣の力による物なのか否かは、高々の伊織に解るはずはないのだが……。それでも伊織には、今上帝の変化が嬉しい。

 昨今のこのお方の苦悩を思えば、であって欲しいと心から願ってやまない。


「……なんだ?」


 二人を見つめて微笑む伊織を認め、今上帝は怪訝な物言いをされる。


「あっ?いえ……宜しゅうございました……」


「……何を気持ちの悪い……」


 脇息きょうそくを運ばさせ、御身をもたれ掛けられ、雛を目で追いながら言われた。



 


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