第73話

 その日、朝から今上帝はご機嫌が悪かった。

 参内して所用を済ませてから御拝顔に伺った時点で、その不機嫌さが解った程だ。


 ……あれか……


 聡い伊織には、は直ぐに理解できた。

 だ、陰陽寮の陰陽師と、その者の屋敷の池に居るという魚の精王との、竜宮城より届けられた酒を、月を肴に酌み交わすという。

 を今朝から否々昨日から、否々時から機嫌を損ねておられるのだ。


「今宵の月は如何か?天文博士から奏上はあったか?」


 伊織を見るなり、物凄ーく不機嫌の体で言われる。


「……ゆえに、今宵は青月だと申したであろう?満月ではないが……」


 お側に侍って、不機嫌の種が答えている。

 それでは益々、不機嫌と化してしまう。


「幾度と申したが、今宵は青月。今は雲も多いが、私と精王がと致しておるのだ、邪魔を致すものなどおらぬ」


「ふん。その精王もであるわけか?」


 またまた不機嫌が加速する。


「当然である。綿津見神かいじんと、同等のものであるからな……だがしかし、綿津見神よりも、我が大神様には御目をかけられておる。おお、そうだ!此処に面した禁庭とか申す所に、それは立派な池があるだろう?そこは神泉の一部が湧き出ておるからな神聖なる池なのだが、その池の奥深くに竜宮城の様な屋敷を構えておってな、それは見目麗しい王妃がおるそうだ……久しく別に暮らしておったが、此処の処仲良くなってな、毎日の様に通っておるとか……」


「ほう?」


 一瞬にして今上帝の不機嫌が緩和されて、見目麗しい王妃にご興味を持たれる。


「おっ?見目麗しい、に反応致したな?身を乗り出すなど、なんたる浅ましさであろうか」


 雛はかなりに、わだかまりを持っている様だ。

 その反応に今上帝が、ご満悦の笑みを浮かべた。

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