第71話

「彼処には、大神様より神を許された魚の精王が居るのだ」


「神?魚の精王?」


「おうよ。海神と対をなす大河の神である。その精王と月を肴に酒を飲みたくなったのだ。何せ陰陽師は酒に弱いし、今上帝すら相手にならぬ……」


「何を……そなたが強過ぎなのであろう?」


「強過ぎ云々は知らぬが、精王とは楽しく飲める。それに竜宮より捧げられた、竜宮の酒があるそうな……それは楽しみである……」


 雛は舌舐めずりすると、つぶらな瞳を今上帝に向ける。


「心配致すな。そなたの世話をやいてから参るゆえ……しかしながら、明後日の夜は少し早めに退出させよ?」


 今上帝は不快感いっぱいの、御面差しを御向けになるが、無頓着な雛が気付くはずがない。


「……そう申さば、雛にはがございません……」


 主人たる今上帝の御不快を察して、抜け目のない伊織が話題を変える。


「假?」


「ああ、官人は参内せずともよい日、というのがあるのだ」


「……であるが、雛は后妃になりたいが願望であるゆえ……后妃には假など存在せぬゆえ、そなたもいいだろう?」


「……そうだな、そなたの側に仕えるが私の任ゆえ、それは要らぬ……」


 その言葉に、今上帝の顔面が緩む。

 そんな事すら構いなしの雛は、白丁しらばりの懐から懐紙に包まれた物を取り出した。


「髪をそなた気に入りの結い方に、結ってもらっておるゆえ、そなたがくれた唐菓子をやったら、返礼に美味そうな菓子をくれたのだ」


 なんとも嬉しげに見せびらかし、今上帝の御心を柔らげる。これは雛だけが行えるすべである。

 なんと言っても素直で正直な雛だから、古参の者達にも可愛いがられ、今上帝の側にずっと侍っていても、瑞獣の力の賜物か不審にも思われる事がない。

 古から天子にずっとかしずく役職が、存在していたかの様な状態だ。

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