第70話

「よいか?あれはああ見えても、瑞獣鸞ずいじゅうらんにとっては雛なのだ……嘴が黄色いと言うておったであろう?……つまりは、人間にとっては童女であろう?」


「あー?えっ?」


 伊織は言っている意味が、解る様に思えて解らない。


「しかしながら、どう見ても人間の姫でございます。それも適齢期のそれは見目美しい……」


「……であるが、らんにとっては雛だ。子供だ。まだ裳着もぎも致さぬ、いたいけな童女を、天子の私がどうにか致すわけには参るまい?」


「あーしかしながら、それは雛が言うてるだけで、実際には人間とは……」


「ああ、そうであるが、は雛である」


 驚く程にきっぱりと言い切られて、御手を振られる。


「さようで……」


 一瞬納得した伊織であったが、今上帝が降り続けられる御手に違和感を持って、そのまま俯いて上目遣いで今上帝に視線を送る。


 ……さては、お確かめになられたか?……


 伊織は、知り顔を作った。

 昔のこのお方では想像も付かない所業だが、昨今のこのお方では納得だ。

 考えるより先に御手が出る。

 御心の何かを振り払う様に、宮中のものを傷つけられたいのだ。

否、世の女人を汚したい、憤りをお持ちなのだ。

 そうこう伊織が、畏れ多くも今上帝の御心まで深読みしている時に、話題の主の瑞獣鸞の雛が帰って来た。


「何処に参っておった?」


 今上帝は昼御座ひのおましに入って来た雛を、鋭い視線を送って見つめると、咎める口調で言った。


「陰陽寮に行っておった」


 雛は今日も上手に双髻そうけいに結ってもらって、それはそれは可憐だ。

 宮中の貴族が、蹌踉よろめくのも無理はない。


「……伊織に、許可をもろうて行ったぞ」


「それは聞いたが、何故にが赴くのだ?」


「久しく彼処に行っておらぬゆえ、久方ぶりに彼処の泉殿か釣殿で、酒を飲みたいと思うたのだ」


「は、はぁ?」


 今上帝のみるみるうちの御憤りに、伊織は視線を下げならも笑みが零れるのを隠せない。

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