第69話

「文はどうした?」


 意外とヤキモキしておられるらしく、雛の文の件は何度か伊織にお聞きになられた。


「それが主上……瑞獣とはそういう物を、贈り合わぬそうにございます」


「ほう?」


「ゆえに、貰うても読んでおらぬ様です」


 柔らかな顔付きを、されておいでの今上帝であったが


「雛は字が読めぬのか?」


 少し感慨深げに、表情を変えて言われる。


「……読めぬ様ではございませぬが……?」


 すると急に辺りを見渡され始めたので、伊織はどうしたものかとお側に寄った。


「何か?」


「……いや、そういえば雛がおらぬ?如何致した?」


 清涼殿の昼御座ひのおましで、歩きまわられ始めた。


「あっ?先程、陰陽師に会いに参ると言い残し……」


「陰陽師?」


 今上帝の御顔付きが一瞬にして変わられたのを、目敏い伊織が見逃すはずはなかった。

 さてもその様なお顔をなされるくらいなら……と伊織は思う。

 幼い頃よりお仕えしているが、今上帝が思いを寄せられたはただお一方中宮だけだ。

 お父君様の養いの姫を、童女の頃に仰ぎ見られてからずっと、長きに渡り思い続けられた。

 お相手はお父君である法皇が、御養育されし姫であるから、その思いは幼帝でもあられたゆえに、それは公のものとはできないもので、密かに御心で育まれていたものであった。

 の様に伊織にすらあからさまに、面に御現しになられるものではなかった。

 ゆえに思いは、余計に深く重く募られたのだろう。


「この際雛を、望むままにされては如何でございます?」


 神妙に伊織が囁く様に言うと。


「はぁ?」


 ……と、声とお顔と態度で示された。


「……ですから……」


「そなたは私に、童女を犯す様な大罪を犯させる気であるか?」


「は、はい?」


「ゆえに幾度も申しておろう?あれは雛なのだ」


「はい、それは重々……」


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