二の巻
雛の宮仕え
第65話
「主上……私の下に置くと言いましても、私は一応蔵人所に属しておりますが、蔵人所の舎人と致しますか?」
牛車に乗り込み、畏れ多くも対座して伊織は聞いた。
母の元で伴に育った伊織は、唯一今上帝とタメ口を許される程の間柄だ。
だがしかし抜かりのない伊織は、分をわきまえているからそんな事はしないが、たぶんそうした処で、このお方は怒る事はしないだろう。
そんな間柄であると確証させる仕草や表情を、二人だけになると伊織に御見せになられる事がある。
このお忍びの車の同乗を、強いられたのも今上帝だ。
「はっ?蔵人ではずっと、私の側に置けぬだろう?」
「はい?」
伊織は今上帝の、言っている意味が理解できない。
蔵人は今上帝のお側に侍り、勅使や上奏の伝達、身辺のお世話を取り仕切る、天子の秘書役と言っていい。
自分とてお側に侍り、下手をすれば言上の伝達、謁見の相手までこなしているというのに、これ以上のお側仕えとは、如何なる物を指して言われているのだろう。
「侍従と致すか?」
「じ、じじゅう?」
かつて、高貴なお方の身の回りのお世話をする者として、内務省に属されていたが、蔵人所が設置されてからは、側仕えの色合いは失くなっているはずだ。
「私専用のだ……」
「そ、それは主上専用、でございましょうが……果たして如何なる事を、おさせになられるおつもりで?」
「ゆえに身の回りの全てである……」
「……はい……ゆえに……ええ?全て?全て……?」
「全てだ……」
伊織は牛車の揺れの中、それは物凄く頭を回転させて考えている。
……この顔容はヤバいヤツだ……
かの昔によく見た、悪戯をする時のお顔に間違いない。
つまりは面白い事を、悪気を持って考えられている時の、あの表情に間違いないだろう。
……果たしてこれは、如何なる悪さを思い付きになられたか……
伊織は久々に見る、懐かしいこのお方の表情を見つめた。
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