第64話

「コ、コヤツゥ?」


今上帝を指して言うものだから、伊織は失神手前となっている。


「あのお母君様が、なんたる失態であろう……私とそなたの歳の計算を誤ったのであるな……実にそなたには、合わせる顔がない。そなたに合わぬ私を送り込むとは……しかしながらで、私はお母君様の命を果たす所存であるからな……」


「主上?」


さすがの伊織も雛には恐れ入ってしまって、恐る恐ると今上帝に伺いを立てるそぶりを作った。


「私の為に、側に侍りたいそうだ……」


「はっ?」


今上帝はそれは嬉しそうに笑って、雛を見つめる。

その久々に見る今上帝の表情に、伊織は確信を持って朱明を見つめた。


「大義であった。そなたは確かに、私の依頼を遂行した様だ。……実を言えば、陰陽助は当てにならぬからな。神祇を初めと致し各所に極秘で探させておるのだが、雛であらば、決して見つかる事はなかろう……。この件は私の方から陰陽助に、内密に終える様に沙汰を下しておく……」


「はっ……」


「だが先々何かの折に、必ずそなたにこの借りは返す所存だ」


「……いえ、滅相もない……」


「いや。それだけの大仕事を果たしてくれた。礼を言う」


伊織が頭を下げたので、朱明は一気に酔いが吹っ飛んでしまった。



暫くして今上帝は屋敷を退かれ、伊織は二人に帰りを待つ様に言い渡して、共に牛車に乗り込んだ。


「瑞獣様は、主上様がお好きなので?」


簀子に出て月を見上げる雛に、朱明が聞いた。


「主上か?実に面白いヤツだ。意地くそが悪いかと思えば、優しい心根も垣間見える……私より年下の癖に偉ぶっておる……まぁ……好きである」


「天子様といえば、何不自由のないお方の様でございますが、とても大変なお立場のお方でございます。何卒お護りくださいませ」


「はっ?何を?お母君様の命である以上、護るに決まっておろう?」


……ちょっと違うがなぁ……


と朱明は思ったが、口にするのはやめた。

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